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犬の催吐薬のおさらいと、新しい選択肢ロピニロールについて

作成者: 福地可奈先生 / 獣医師|Nov 27, 2024 2:15:00 AM

 

中毒発生時、人の医療では催吐が治療成績に影響しなかったことから催吐はあまり実施されておらず、胃洗浄が基本となります。

一方、犬や猫では、催吐は異物・中毒物質の誤飲が発生した初期の治療として非常に重要です。催吐処理により嘔吐が起こると、胃内容物の40~60%が排出されます。近年では人のパーキンソン病に使われていたドパミンD2受容体作動薬の副作用(嘔吐、悪心などの消化器症状)を主目的として、犬の催吐薬として認可された薬剤が注目されています。本記事では、中毒発生時などに用いられる催吐薬のおさらいと、犬の催吐薬として注目されている薬剤についてご紹介します。


 

目次

 

嘔吐の機序

延髄にある嘔吐中枢は、以下の5つの経路から刺激されます。

  1. 消化管粘膜の内臓痛に起因する自律神経の経路
  2. 咽喉頭からくる舌咽  神経刺激経路
  3. 化学物質や起炎性物質などが血流を介して延髄の化学受容器引き金帯(CTZ)を刺激する経路  
  4. 乗り物酔いなどの平衡感覚に関連する半規管と小脳を介した経路
  5. 極度の恐怖や不安、嗅覚や視覚、痛覚刺激から大脳皮質を介した経路

現在、獣医療で汎用されている催吐薬は、他の用途で販売されている薬剤を催吐の目的で転用しているものが多いです。作用機序で分類すると(経路3.)CTZを刺激する中枢性の薬剤と、(経路1.)胃腸の知覚神経を刺激する末梢性の薬剤があります。中枢性の薬剤はドパミンD2受容体作動薬であるアポモルヒネ(犬用)や、アドレナリンα2受容体作動薬であるメデトミジン(猫用)があげられます。末梢性の催吐物質として過酸化水素がありますが、こちらは消化管粘膜への刺激や誤嚥の危険性から推奨されません。

副作用が少なく、投与から催吐までの時間が短いことから動物病院で汎用されているトラネキサム酸は抗プラスミン薬です。嘔吐に対する作用機序はまだよくわかっていませんが、ラットを用いた実験では、トラネキサム酸の嘔吐はNK1受容体を介している可能性が示されています。嘔吐の作用機序としては3.化学物質や起炎性物質などが血流を介して延髄の化学受容器引き金帯(CTZ)を刺激する経路に該当します。また、この実験では5-HT3受容体拮抗薬が嘔吐を抑える目的で投与されましたが、制吐の効果は見られなかったことから、トラネキサム酸による嘔吐には5-HT3受容体の関与は少ないと考えられます。

 

犬用の催吐薬

冒頭で獣医療で用いられる薬は催吐薬として認可されているものではないと記載しましたが、アメリカでも同様で、2020年に犬の催吐を適応とした薬剤が認可されるまでは催吐を主目的とした薬剤は販売されていませんでした。2020年にFDAが犬の催吐を適応として承認し、現在流通しているのがロピニロールです。

ロピニロール塩酸塩(ロピニロール)は、現GlaxoSmithKline社で開発されたドパミンD2受容体作動薬です。

人間においてはパーキンソン病およびレストレスッグス症候群に用いられ、日本ではパーキンソン病を適応として2006年10月に承認、12月に上市されています。犬においては催吐を目的として2020年6月にアメリカで承認され、使用されています。

催吐薬として特徴的なのは点眼薬ということです。0.3mlがsingle dose dropper(単回使用)に充填され、9mgのロピニロールが含まれています。用量は3.75 mg/m2 (用量範囲   2.7 - 5.4 mg/m2)となるように、体重別に何滴垂らせばいいか記載されています。20分経っても嘔吐しない場合は、再度の滴下を行います。本剤は投与が簡単で侵襲性も低いため、注目される薬剤です。

日本では、2024年6月に要指示医薬品として承認され、2025年に上市される見込みです。詳しい製品の使い方や有効性については、他の資料を参照ください。

猫ではCTZを介して嘔吐が誘発される際にはドパミン受容体ではなく、アドレナリンα2受容体が重要な役割を果たすようです。そのため、従来のドパミン受容体作動薬(アポモルヒネ)を投与しても、催吐の成功率は犬よりも高くありません。代わりに、 α2受容体作動薬であるキシラジンやメデトミジンが用いられます。猫の延髄CTZにおけるドパミンD2受容体の発現分布などは、まだ研究途上であり、今後の発展が期待たされます。

ロピニロール点眼薬の有害事象に関して、犬では結膜充血が見られるほか、41%の犬で嗜眠(Lethargy)が見られるとしています。

 

 

有効成分の一般的名称

ロピニロール塩酸塩(ropinirole hydrochloride)
分子量:296.84

 

ロピニロールの臨床試験成績

ロピニロール:米国で行われた臨床試験では、132頭の飼い犬が登録され、ロピニロール群100頭(実施は99頭)、対照群32頭の犬が参加しました。この臨床試験では、ロピニロール群の 94頭(95%)の犬で30分以内(平均嘔吐開始時間12分、最短3分、最長37分)に嘔吐が誘発されたとしています。

嘔吐が催される経路には動物で差があることが知られています。犬ではドパミンD2受容体が重要な役割を果たしており、ドパミンD2受容体作動薬のアポモルヒネが催吐に汎用されています。一方、猫ではドパミンD2受容体が催吐に果たす役割は小さいため、 アポモルヒネを投与しても催吐されないこともあります。

猫では、アポモルヒネの投与による催吐の成功率は犬より低いことが知られており、興奮が起きることもあります。その際は、ナロキソンが治療薬として用いられます。

 

ドパミン作動薬アポモルヒネとの違い

従来、犬の催吐にはアポモルヒネが選択肢として用いられてきました。アポモルヒネは非選択的なドパミン作動薬であり、セロトニンやアドレナリン受容体にも作用することが知られています。一方、ロピニロールは選択的なドパミンD2受容体作動薬です。

アポモルヒネは静脈投与ですが、ロピニロールは点眼薬として使用されます。

 

表 ドパミンD2受容体作動薬の違い 

項目

アポモルヒネ

ロピニロール

投与経路

静脈内(IV)、皮下注射(SC)、鼻腔内(IN)

点眼薬

発現時間

迅速(IV投与後平均105秒で嘔吐)

 遅い(嘔吐までの中央値10分) 

受容体選択性

非選択的ドパミン作動薬(D2受容体に加えセロトニン、アドレナリン受容体にも作用)

選択的ドパミンD2様受容体作動薬

副作用

持続的な嘔吐、頻脈、倦怠感など

軽度の眼症状、一過性の頻脈、全身性副作用は少ない

再投与

再投与による効果は低い

再投与が効果を高める場合あり

 

 

 

猫での催吐

猫のCTZではα2受容体を介して嘔吐が催されるため、キシラジンやメデトミジンが用いられます。キシラジンの投与量は0.44mg/kg IM(筋肉内注射) 、メデトミジンは7μg/kg IM もしくは3.5mg/kg IV(静脈内注射) です。拮抗薬はヨヒンビンが用いられます。催吐の成功率は、キシラジンで56%、メデトミジンで58-81%となっています。詳細な用量 については成書を参照ください。

トラネキサム酸は鎮静効果などもなく、犬よりは劣るものの比較的高い催吐成功率を示します。しかし、血栓形成リスクもあるため、心疾患などの症例では使用を避けるなどの考慮が必要です。

 

 

拮抗薬

ドパミンD2受容体遮断作用があるメトクロプラミドはロピニロールの拮抗薬として使用されており、教科書的には投与量0.5mg/SC(皮下注射) or IM(筋肉内注射)とされています。

人では、パーキンソン病として用いられる場合はメトクロプラミドがロピニロール作用の減弱するため、併用に注意すべき薬とされています。

 

おわりに

誤飲・中毒診療において催吐は非常に重要な手段です。臨床現場では、ドパミンD2受容体作動薬やα2受容体作動薬でおきがちな鎮静作用がないため、トラネキサム酸を用いる場面も多々あるかと思いますが、血栓のリスクがあるのがネックでした。

現在は、基本的に催吐薬として販売されているものではなく、別の用途で販売されている薬剤を適応外使用している薬剤が多いのが現状です。しかし、ロピニロール製剤は犬の催吐に特化した薬剤であり、飼い主さんとのコミュニケーションも取りやすくなるのではないかと思われます。本製剤はすでに日本でも承認されており、近く流通すると思われるため、詳細についてはメーカーや卸などの方から入手されることをお勧めします。

 

 

参考

・レキップCR錠2mg レキップCR錠8mg製造販売承認申請書添付資料, 2024/11参照

・DUNAYER, Eric. Emetics in Small Animals.https://todaysveterinarypractice.com/wp-content/uploads/sites/4/2023/02/TVP-2023-0304_Emetics_Small_Animals.pdf

・BATCHELOR, Daniel; DSAM, DECVIM-CA. Vomiting and Antiemetic Use in Cats: What's the Evidence? WSAVA/FECAVA/BSAVA World Congress 2012.https://www.vin.com/apputil/content/defaultadv1.aspx?id=5328144&pid=11349

・Neurotransmitters Involved in Emesis in Monogastric Animals, Merck Manual Veterinary Practice, https://www.merckvetmanual.com/pharmacology/systemic-pharmacotherapeutics-of-the-digestive-system/drugs-used-to-control-or-stimulate-vomiting-in-monogastric-animals?autoredirectid=21581#Neurotransmitters-Involved-in-Emesis_v14453173

・ 岡野昇三. 犬猫の誤飲・誤食に対する催吐処置の実際. MP アグロジャーナル, 2014, 16: 2-5. https://www.mpagro.co.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/mpj_2014_01.pdf

・動物用医薬品等取締規則の一部を改正する省令の制定について, https://jvpa.jp/jvpa/wp-content/uploads/2024/06/jimu0621_01.pdf

・獣医薬理学 第二版, 堀正敏, 池田正浩, 海野年弘, 太田利男,  乙黒兼一, 竹内正吉, 山崎純, ISBN    9784874022702

・KAKIUCHI, Hitoshi, et al. Tranexamic acid induces kaolin intake stimulating a pathway involving tachykinin neurokinin 1 receptors in rats. European Journal of Pharmacology, 2014, 723: 1-6.

・CARBONE, Federico, et al. Apomorphine for Parkinson’s disease: efficacy and safety of current and new formulations. CNS drugs, 2019, 33: 905-918.

 

 

監修者プロフィール

獣医師
福地可奈

2014年酪農学園大学獣医学部卒業したのち、東京都の動物病院にて4年間勤務し犬や猫を中心とした診療業務に従事しました。
2024年3月末、東邦大学大学院医学部博士課程の単位取得。春からは製薬企業に勤務しつつ、学位取得要件である博士論文の提出を目指して活動しております。
獣医師や一般の飼い主様に向けた動物の中毒情報を発信するなど、臨床とは異なったアプローチで獣医療に貢献することを目標に活動しています。

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