10月 4, 2023
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海外における猫への高病原性鳥インフルエンザの集団感染について

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鳥インフルエンザは、野鳥から鶏などの家禽に感染し、大量死をもたらす感染症で養鶏業に損害を与えます。
日本では、海外から渡り鳥が飛来する10月頃を鳥インフルエンザ流行のシーズン開始としています。
また、日本では渡り鳥の飛来初期に鳥インフルエンザウイルスを早期に発見する観点で、環境省では9月から10月は死亡野鳥などのモニタリングを行っています。

今シーズンは、令和5年9月1日時点では飼養されている鳥と哺乳類、家禽において高病原性鳥インフルエンザの発生は確認されていません。
小動物臨床では、飼育鳥を含めて鳥インフルエンザ感染症を疑う症例は多くないと思われますが、感染した鳥や死んだ鳥に、直接あるいは間接的に接触することで哺乳類に感染することもあります。

WHOは、2023年6月末までの時点にかけてポーランドにおいて、H5N1型の鳥インフルエンザが飼育されている猫に感染し、アウトブレイク※ (集団感染)が発生したという報告をしました。ご参考のために、獣医師の先生方へご紹介いたします。

 


目次


 

鳥インフルエンザとは?関連法規も含めて

鳥インフルエンザウイルスはA型インフルエンザウイルスに感染して起きる鳥の感染症で、家畜伝染病予防法では病原性の程度により、以下3つに分類されます。
・高病原性鳥インフルエンザ(H5、H7型 例:H5N1亜型 )
・低病原性鳥インフルエンザ(H5N1型 例:H7N9亜型)
・鳥インフルエンザ(H5, H7以外の型)
低病原性鳥ウイルスは、 高病原性ウイルスに変異する可能性があるため、養鶏場などで発生した場合は、低病原性インフルエンザであっても高病原性インフルエンザと同様に殺処分等を行います

世界的に高病原性鳥インフルエンザが流行しており、日本国内においても令和4年には5つの県で8例、令和5年2月には都立多摩動物公園で飼養されていたツクシガモにおいて高病原性鳥インフルエンザであることが確認され 懸念が高まっています。

 

高病原性鳥インフルエンザの哺乳類への感染状況について

2020年以降にはアカギツネ、アライグマ、クマ、アザラシ、アシカなど野生動物への感染が報告されており、家畜ではミンクでの感染事例が報告されています。日本でもタヌキとキタキツネから、高病原性鳥インフルエンザの抗原検出例が報告されており、懸念が高まっています。2023年にはポーランドの複数地域にまたがって飼養されている猫において、鳥インフルエンザのアウトブレイクが発生し、注視されています。

 

猫の高病原性鳥インフルエンザのアウトブレイクは、いつどこで発生した? 

2023年 ポーランド政府(IHR National Focal Point of Poland )は国内13地域において、鳥インフルエンザの感染が疑われた猫46例とカラカル1例から採取した合計47サンプルのうち、29サンプルがH5N1型の鳥インフルエンザ陽性と判定されました。

これまでに、散発的な高病原性鳥インフルエンザの猫への感染は報告されていましたが、今回の報告は国内の複数の地域にまたがって、H5N1型高病原性鳥インフルエンザの飼育猫への感染が短期間に多数発生した初めてのものです。散発的な報告では、感染鳥との濃厚接触があったことが明らかになっていますが、後述するように、今回のアウトブレイクでは感染経路がはっきりしていません。

 

臨床徴候について 

多くの猫が麻痺や痙攣などの神経症状を示しました。血便や呼吸困難などの症状も見られ、最終的に14匹の猫が安楽死になり、11匹が斃死しました。病理解剖では肺炎の所見が見られました。

 

どうやって感染した?

サンプルから抽出されたウイルスのゲノム解析の結果、ポーランド国内で野鳥と鶏にアウトブレイクを起こしたH5N1型鳥インフルエンザと類似していたことが明らかになりました。猫への感染経路は不明瞭で、飼育情報が得られた25頭のうち18頭は完全室内飼いではなく、屋内飼育の時間が多かったものの、時折テラスやバルコニーなどの屋外に出る生活をしていました。しかし、5頭の猫では外の環境への出入りがない室内飼いでした。
感染した一部の猫では、生の鶏肉や鶏の一部を与えられていたことが明らかになっています。 完全室内飼いの猫も感染しており、猫へのウイルスの曝露源は不明です。感染した鳥やその鳥がいた環境を介して、直接あるいは間接的に接触したり、ウイルスで汚染された食餌を摂取したために感染したのではないかと推測されています。

現時点では、H5N1型鳥インフルエンザが猫-猫間で感染が成立するという証拠は見つかっておらず、感染猫の飼い主や感染猫に接触した他の人々への感染も認められていません。

 

人への感染リスクは? 

WHOのリスク評価では、感染猫から人へのH5N1型鳥インフルエンザの感染は報告されていないため、現時点では猫から人への感染のリスクは低いとされています。

さらに、猫を飼っている人や、獣医師など感染猫と接する機会が多い人が個人用保護具を用いずに接触した場合でも、感染リスクは低〜中程度と評価されています。

また、本邦の食品安全委員会では、鳥インフルエンザに感染した家禽の肉や卵を食べることで、人に感染する可能性はないと考えています。
WHOは鳥インフルエンザに感染した家禽、野鳥、そのほか動物と接触した者は暴露されたと思われる期間に加えて7日間は健康状態を監視すべきと勧告しています。

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鳥インフルエンザに有効な消毒薬は?

鳥インフルエンザウイルスはエンベロープを有するため、各種消毒薬が有効です。
飼育鳥の管理では、給水容器など飼育器具は洗剤などで汚れを落とし、逆性石鹸を説明書の通りに希釈し5分間浸漬してから洗い流し、乾燥させるといった方法が紹介されています。

 

表1 鳥インフルエンザに有効な消毒薬

消毒薬

次亜塩素酸ナトリウム

塩化ベンザルコニウム

エタノール

 

 

鳥インフルエンザの疑いがある動物を診断したらどうするべきか? 

H5N1型またはH7N9型鳥インフルエンザは感染症法により、獣医師は届出が義務付けられています。
獣医師は、臨床的あるいは疫学的状況から鳥類やその死体が鳥インフルエンザに罹患している疑いがあると診断した場合は、病原体診断の結果を待たずに届出を行わなければなりません。また、病原体検査は下記の方法にて実施します。

表2 感染症法に基づく病原体検査方法

検査方法

検査材料

PCR法による病原体の遺伝子の検出

 総排泄腔ぬぐい液、口腔ぬぐい液、血液または臓器

ウイルス分離による病原体の検出

同上

 

まとめ

今回は一つの国内の広い地域で、高病原性鳥インフルエンザ感染が猫に短期間に多数発生し、感染経路も不明瞭という獣医師や動物看護師など小動物医療従事者にとって、新たなリスクとなりうることを示した衝撃的なニュースでした。

現時点では、感染猫と濃厚接触した可能性のある飼い主や獣医師などヒトへの感染例は報告されておらず、WHOの鳥インフルエンザに対するヒトへのリスク評価は変更されていません。しかし、インフルエンザウイルスは変異をしており、感染性や病原性が変化する可能性がある病原微生物であり、今後は小動物医療でも注意が必要です。
情報はCDC やWHOにて随時アップデートされており、重要なニュースに関しては厚生労働省などでも日本語でリリースされているので時々確認すると良いでしょう。

※アウトブレイクとは:特定の期間、場所、集団に通常の症例数を大きく超える数の症例が発生すること。

 

 

参考

・H5N1 Bird Flu Found in Polish Domestic Cats, https://www.cdc.gov/flu/avianflu/spotlights/2022-2023/bird-flu-polish-domestic-cats.htm 2023/09/11参照

・Influenza A(H5N1) in cats – Poland, https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2023-DON476  2023/09/11参照

・医療機関におけるアウトブレイクの発生時に必要な支援, 院内感染対策等の業務を実施する行政機関(特に保健所)向け, https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001005479.pdf2023/09/11参照

・ペットの鳥を鳥インフルエンザに感染させないための対策について, 東京都保健医療局,https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kankyo/aigo/bird/pet.html

・感染症法に基づく医師及び獣医師の届出について 獣医師の届出基準,厚生労働省, https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/02-03.html#09 2023/09/12参照

・高病原性鳥インフルエンザについて, 食品安全委員会, https://www.fsc.go.jp/sonota/tori/tori_infl_ah7n9.html, 2023/09/12参照

 

 

 

監修者プロフィール

獣医師 福地可奈先生のプロフィール写真

獣医師
福地可奈

2014年酪農学園大学獣医学部卒業したのち、東京都の動物病院にて4年間勤務し犬や猫を中心とした診療業務に従事しました。現在大学院に在学しつつ、獣医師や一般の飼い主様に向けた動物の中毒情報を発信するなど臨床とは異なったアプローチで獣医療に貢献することを目標に活動しています。

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