4月 26, 2024
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国内初のSFTSヒトーヒト感染事例が示す“獣医療”の感染リスクの増大

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重症熱性血小板減少症候群(Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome, SFTS)はSFTSによって引き起こされる新興かつ人獣共通感染症です。SFTSウイルスは、保菌マダニによる吸血の際に動物への感染が成立します 。

日本におけるヒトの感染例の致死率は27%と高く、ネコにおける致死率は60%程度、イヌでは40% でさらに高い致死率を示します。

海外では、ヒト-ヒト感染が認められていたものの、日本では、SFTSのヒト-ヒト感染は報告されていませんでした。今年2024年3月19日に、国立感染症研究所から日本で初となるヒト-ヒト感染症例が報告されました。医療関係者だけでなく、獣医療関係者にも衝撃を与えました。

体調の悪いペットと接触することの多い獣医師や動物看護師などは、感染リスクが高い上に、今後はヒト-ヒト感染にも留意する必要があるためご紹介いたします。


 


目次


 

SFTSウイルスの感染リスクは動物医療関係者で高い

SFTSは、以前は発症するのは人だけだと考えられていました。しかし、2017年4月にネコ、同年6月にイヌでの発症が見られ、飼育動物にとっても重篤な症状をもたらす疾患であることが知られました。さらに、感染ネコと感染イヌとの接触がある人に感染したと思われる事例もあり、公衆衛生学的な問題となっています。

SFTSウイルスは、発症ネコの唾液、糞便、尿中からもウイルスが排出されるため、血液だけでなく全ての体液に注意が必要です。

特に、体調の悪い動物と接する機会の多い獣医療関係者で、感染が多いことが知られています。

宮崎県では、2018年度から2019年度にかけて、 献血検体の残余血液1,000検体と、獣医療関係者合計101名 の血液を用いて、ELISA法にてSFTSウイルスのIgG抗体を測定しました。献血用残余血液1,000検体では、抗体陽性者は見られなかったものの、獣医療関係者は3名が抗体陽性となり、抗体陽性率は3%でした。また、2015年に実施されたマダニと接する機会が多い狩猟関係者でさえ、抗体陽性率0.8%であったことから、獣医療関係者は非常にSFTSウイルス感染リスクが高い職業であると言えます。

2013年に実施された山口県の飼育イヌにおける検査では、136頭中5頭(4%)でSFTSウイルス抗体陽性を示しており、不顕性感染するイヌもおり、今後注視が必要です。

 

表1 本邦におけるSFTSウイルス抗体陽性率

検体

SFTSウイルス抗体陽性率

献血血液(宮崎県)

0% (0/1000)

獣医療関係者(宮崎県)

3% (3/101)

狩猟関係者

0.8% (1/125)

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 日本のヒト-ヒト感染例

2023年4月に90代の男性が食思不振、発熱、体動困難などで救急外来を受診し、20代の医師Aがサージカルマスクに手袋なしで、身体検査を実施しました。患者は、血液検査にて、白血球や血小板の減少が認められ、緊急入院となり入院翌日にSFTSと診断されましたが、病状の悪化により死亡死後に、医師Aがサージカルマスク・ガウン・一重手袋を着用して、中心静脈カテーテルの抜去や抜去部の縫合処置を実施しました(ゴーグルは未着用、針刺事故などはなし)。

医師Aは、患者との初回の接触から11日後に発熱と頭痛を自覚し、発症5日後の血液検査で白血球数並びに血小板数減少、LDHの高値など認められたため、PCR検査の実施によりSFTSの診断がされました。医師Aは、経過観察のみで症状は軽快し、発症12日目には血液検査所見も改善したということです。患者と医師Aの血液検体由来のSFTSウイルスの遺伝子配列を比較したところ、一部配列に100%の相同性が認められ、両者は同一のウイルスでヒト-ヒト感染例と診断されました。

国立感染症研究所所の報告では、感染した機会が下記の2つと考察しています。

①初診時(サージカルマスクのみの装着)
②死後処置時(一重手袋、ガウン、サージカルマスクの装着。アイガードなし)

ヒトーヒト感染の予防のため、ゴーグルなどによる目の防護や、二重の手袋の着用など『SFTS診療の手引き』の”個人防護具”の項を熟読し、適切に装着する必要があると考えられます。

 

 ヒト-ヒト感染例 の特徴(今後、病院内での感染予防のためのヒント)

中国と韓国では、1996年から2019年の間に27例のヒト-ヒト感染例が報告されています。この報告では、SFTSウイルスのヒト-ヒト感染の特徴が統計解析されています。患者は主に高齢者で、発生は5月〜6月、10月にピークが認められていると解析されています。一般的に、ダニは春から秋にかけて活動が盛んになるので、ダニの活動シーズンと合致しています。

ダニなどからヒトに感染した例を初発例(index cases)、ヒトからヒトに感染した例を二次感染例(secondary cases)としており、二次感染者は初発例 よりも軽度の臨床症状で良好な転帰の傾向にあり、潜伏期間は10日でした。

ヒト-ヒトの感染には、初発例の血縁者、感染性危険物(血液、飛沫など)との接触が多い人では、リスクが高いことが示されています。

ヒト-ヒト間での二次感染率 (SAR, secondary attack rate)は1.72~55%で、基本再生産数 (Basic Reproduction Number, R0)は0.13で依然として低い感染率であると結論づけられています。

感染症疫学における基本再生産数R0は、1未満の場合は感染の流行は拡がらないとされています(感染者1人が1人未満の人に感染させる)。参考として、新型コロナウイルスのR0は1.4∼6.49であるとされています。麻疹が12~18、インフルエンザが2~3と言われています。今後は、動物病院内でのスタッフ感染リスクも考えられるので、SFTS感染の疑いがある動物を診察した際は、獣医師や保定したスタッフなど、関わった人の記録も重要と考えられます。

 

今後、どんな地域にSFTSウイルスが侵入する可能性がある?

SFTSウイルスを保有するマダニの数は、シカが多い地域の森林ほど多いことがわかっています。マダニは乾燥に弱く、湿度があり草木が繁茂している場所では、高密度にマダニが生息していることも報告されているため、こうした場所で活動を行ったペットの診察では注意を要します。

2024年のSFTS感染症発症者(ヒト)の発生地域は鹿児島県で、過去には宮崎県など西日本での発生が多い状況ですが、マダニを運ぶシカの数も増えていることから、SFTSウイルスを保有するマダニが広く分布している可能性もあります。

 

今後、獣医師が留意すべきこと

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日本で初めて認められたSFTSのヒト-ヒト感染例では、個人防護具PPEの不備が感染の原因と考察されています。獣医療においても、SFTS感染が疑える(野外に出たりマダニの予防歴のない飼育歴)体調が悪い動物を診察する際は、PPEを装着できるよう、定期的にスタッフのトレーニングが必要になるかもしれません。

また、マダニが活発に活動する季節は春や秋で、以前はマダニの予防薬はこの時期を中心に処方されるケースもありましたが、 現在ではSFTSウイルスの感染予防のため、飼育動物には予防薬を通年処方することが重要と考えられます。また、一部の例ではマダニ予防薬を投与していても発症した例があり、SFTSウイルスの感染経路にはまだ不明点があります。国立感染症研究所のwebサイトなどで、最新の研究情報を確認するのも良いでしょう。

飼い主に対しても、原因が不明な体調が悪い動物との濃厚な接触は避けるようにインフォームする必要があります 。 獣医療での動物からヒトへの感染防止の個人防護具の詳細は、東京都獣医師会作成の『SFTS疑いネコ診療簡易マニュアル』を参照ください。

また、以前配信した「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の防疫・消毒【獣医療で注意すべき感染症と防疫】」についても、これを機に再度振り返っていただけると幸いです。

 

 

参考

・本邦で初めて確認された重症熱性血小板減少症候群のヒトヒト感染症例, 国立感染症研究所, https://www.niid.go.jp/niid/ja/sfts/sfts-iasrs/12572-530p01.html

FANG, Xinyu, et al. Epidemiological and clinical characteristics of severe fever with thrombocytopenia syndrome bunyavirus human-to-human transmission. PLoS Neglected Tropical Diseases, 2021, 15.4: e0009037.

・感染症疫学の用語解説, 日本疫学会, https://jeaweb.jp/covid/glossary/index.html

・東京都獣医師会, SFTS疑いネコ診療簡易マニュアル,https://www.tvma.or.jp/public/items/2021.3.25%28SFTS%29.pdf

三浦 美穂, 三好 めぐみ, 松浦 裕, 西田 倫子, 吉野 修司, 杉本 貴之, SFTS ウイルスの県民及び動物病院スタッフの抗体保有状況について, https://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/fukushi/eikanken/research/pdf/31cyosa03.pdf

・マダニリスクが高い森林の特徴が明らかに, ―シカの密度と植生が鍵となる―, 国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所, 2022, https://www.ffpri.affrc.go.jp/press/2022/20221108/index.html

・ニホンジカの近年の動向, https://www.env.go.jp/nature/choju/conf/conf_wp/conf02-h30/mat01.pdf

・SFTS発症動物について(ネコ, イヌを中心に),IASR Vol. 40 p118-119:2019年7月号, https://www.niid.go.jp/niid/ja/niid/ja/allarticles/surveillance/2467-iasr/related-articles/related-articles-473/8988-473r06.html

 

 

監修者プロフィール

獣医師 福地可奈先生のプロフィール写真

獣医師
福地可奈

2014年酪農学園大学獣医学部卒業したのち、東京都の動物病院にて4年間勤務し犬や猫を中心とした診療業務に従事しました。
2024年3月末、東邦大学大学院医学部博士課程の単位取得。春からは製薬企業に勤務しつつ、学位取得要件である博士論文の提出を目指して活動しております。
獣医師や一般の飼い主様に向けた動物の中毒情報を発信するなど、臨床とは異なったアプローチで獣医療に貢献することを目標に活動しています。

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