10月 18, 2023
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COVID-19と動物への影響(野生動物編)

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新型コロナウイルスは2019年の年末に発生した呼吸器感染を主徴とし、全世界にパンデミックを起こした感染症です。2022年4月の報告では、世界人口の約43.9%が少なくとも1回は感染していると報告されています。

地域により累積感染率は大きく異なり、日本を含む高所得国は、感染者数が南アジアやアフリカ地域よりも低い特徴があります。国内では2022年3月までに約4.0%が感染し、致死率は0.3%となっています。 これらの報告で参照されていた米国ジョン・ホプキンス大学の新型コロナウイルスの感染者数や死者数などのデータを掲載していたセンターは、2023年3月にデータ更新が終了しました。

日本でもこれまで感染症法で2類相当(新型インフルエンザ等感染症)として扱われていましたが、2023年5月から5類感染症となりました。先生方もご存知の通り、その後は外出等の制限がなくなり、治療費に自己負担が生じるなどの対応に移行してきました。本記事では、これまでに報告された新型コロナウイルスの主に野生動物への感染を取り上げます。次の記事では、ペットの感染についてご紹介します。

 


目次


 

コロナウイルスの概要

新型コロナウイルス感染症の正式名称はCOVID-19で、それを引き起こすウイルス名はSARS -CoV-2ウイルスです。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を引き起こしているのは、ニドウイルス目・コロナウイルス亜目・コロナウイルス科・オルソコロナウイルス亜科・βコロナウイルス属・SARS関連コロナウイルス SARS-CoV-2であり、2002年~2003年に流行したSARSウイルスと近縁のウイルスです。

コロナウイルス亜科は、さらにα、β、γ、δの4つのウイルス属に分類されます。αウイルス属には猫に甚大な被害をもたらすFIPウイルスが含まれ、SAR Sウイルスや新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を引き起こすSARS -CoV-2はβウイルスに属します。

 

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図1 コロナウイルスの分類(tability of SARS‐CoV‐2 and other coronaviruses in the environment and on common touch surfaces and the influence of climatic conditions: a review. Transboundary and emerging diseases Fig1 より引用)

 

 

●種特異性はどこで生まれる?

ウイルスは細胞に感染する際に、細胞表面の受容体に結合しますが、この受容体は動物種ごとに異なります。コロナウイルスは表面にその名の由来となったスパイクタンパク質という構造を持っています 。このタンパク質が宿主細胞表面の受容体と結合することで感染します。

猫伝染性腹膜炎を引き起こすFIPウイルス は、猫の細胞のアミノペプチダーゼN(APN)に結合します。APNのアミノ酸配列の猫と人の相同性は78%です 。FIPウイルスは、人には感染しないウイルスであり、本ウイルスが人の受容体に結合したとしても、細胞内には侵入できないか、侵入しても複製・増殖ができないと思われます。

 

●SARSウイルスとSARS-CoV-2(新型コロナウイルス、COVID-19)の違いは?

SARSウイルスは、アンギオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合することが知られています。

人と犬、猫との間での相同性は、それぞれ約90%と高いため、これらペットを含む広い動物に感染すると考えられています。また、SARS-CoV-2(新型コロナウイルス、COVID-19)の遺伝子は、SARSコロナウイルスの遺伝子と約80%の相同性をもち、同じアンギオテンシン変換酵素2に結合して細胞に侵入します。

受容体に結合して細胞内に取り込まれたウイルスのサブユニットは、タンパク分解酵素によってS1とS2の二つのサブユニットに分けられます。これらは、中和抗体のターゲット部位となりえますが、SARSウイルスとSARS -CoV-2ウイルスのSサブユニットのアミノ酸配列の相同性は64%と低いことが知られています。

 

さらに、SARS-CoV-2ウイルスのスパイクタンパク質にはACE2に結合する受容体結合部位(RBD)があり、ここも中和抗体の結合部位となりえますが、SARSウイルスとSARS-CoV-2ウイルスの相同性は50%しかありません。これは、宿主の免疫に対する回避に関する部位の変異が、SARS-CoV-2ウイルスでは頻繁に起きていることを示しています。

 

一言でまとめると、SARS-CoV-2には、中和抗体を回避し続ける部位の変異が多く起きていると言えるでしょう。

 

●なぜコロナウイルスは変異を起こしやすいのか?

コロナウイルスのゲノムRNAは約3万塩基と、RNAウイルスの中では最長です。そのため、遺伝子変異や修飾が入りやすいとされています。

 

 

 動物での感染状況は?

SARS-CoV-2ウイルスは、キクガシラ属のコウモリが保有していたウイルスが起源であると考えられています。また、密輸されたマレーセンザンコウから、SARS-CoV-2と高い相同性を持つウイルスが検出されおり、センザンコウもSARS-CoV-2の発生に関与していると思われます。

SARS-CoV-2ウイルスは、前述のように野生動物から人に伝播したと思われますが、逆に、人と生活環境を共にしたり、接する時間が長い環境にいた動物の感染も報告されています。  これまでに、犬や猫、フェレット、ミンク、ハムスター、オジロジカ、アメリカマナティーなどを含む29種の哺乳類への感染が報告されています。 

 

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●野生動物で新たな感染環が成立?

実験感染では、オジロジカはSARS-CoV-2ウイルスの不顕性感染を起こすことが明らかになっています。北米の野生のオジロジカの調査では、40%がSARS-CoV-2抗体陽性と報告され、シカ間での感染環が確立していることが示唆されています。現段階では、オジロジカから人への伝播のエビデンスはないものの、シカ間での伝播を繰り返すうちに変異が多く入っていることも確認されています。

人の活動によりオジロジカへウイルスが持ち込まれたと見られており、山や森で人間の廃棄物などを野生動物があさったり、接触しないようにするべきとされています。

 

 

まとめ

犬や猫などへのSARS-CoV-2の感染状況については、次回の記事で詳しくご報告します。

人々の活動により、野生動物のシカにSARS-CoV-2が伝播し、変異をしているというのは人に対する新たな脅威となる可能性があります。人間の活動による野生動物への影響を減らすことは、結果的に、人の健康を守ることにつながります。動物病院は場所によっては、野鳥や野生動物が持ち込まれることも珍しくありません。中には巣立ち雛など、適切な保護でない場合もあります。

未知の感染症の予防のためにも、人と野生動物の接し方について、啓発していくことも今後の獣医師に期待される役割であるかもしれません。

 

 

参考

・ABOUBAKR, Hamada A.; SHARAFELDIN, Tamer A.; GOYAL, Sagar M. Stability of SARS‐CoV‐2 and other coronaviruses in the environment and on common touch surfaces and the influence of climatic conditions: a review. Transboundary and emerging diseases, 2021, 68.2: 296-312.
 
・ 新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行後の対応について, https://www.mhlw.go.jp/stf/corona5rui.html (2023/10/13)
 
・BARBER, Ryan M., et al. Estimating global, regional, and national daily and cumulative infections with SARS-CoV-2 through Nov 14, 2021: a statistical analysis. The Lancet, 2022, 399.10344: 2351-2380.
 
・(2022年3月版) 新型コロナウイルス感染症の“いま”に関する11の知識, https://corona.go.jp/proposal/pdf/chishiki_20220311.pdf
 
・International Committee on Taxonomy of Viruses, https://ictv.global/news
 
・MAEDA, Ken. 伴侶動物における COVID-19.https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/202304_P1-8.pdf
 
・神谷亘, 新型コロナウイルス感染症について, 2020, http://jsv.umin.jp/news/news200210.html
 
・OIE によるCOVID-19 に関するQ&A, 2022, https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/covid-19/attach/pdf/summary-3.pdf
・PICKERING, Bradley, et al. Divergent SARS-CoV-2 variant emerges in white-tailed deer with deer-to-human transmission. Nature Microbiology, 2022, 7.12: 2011-2024.
 

 

 

 

監修者プロフィール

獣医師 福地可奈先生のプロフィール写真

獣医師
福地可奈

2014年酪農学園大学獣医学部卒業したのち、東京都の動物病院にて4年間勤務し犬や猫を中心とした診療業務に従事しました。現在大学院に在学しつつ、獣医師や一般の飼い主様に向けた動物の中毒情報を発信するなど臨床とは異なったアプローチで獣医療に貢献することを目標に活動しています。

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