家畜の中でも、犬は最も遺伝的多様性に富んだグループを形成しています。
体重は約2kgのチワワから約90kg近くになるセントバーナード、アイリッシュウルフハウンドまで幅広く、外見の特徴の固定や近親交配により遺伝性疾患や寿命の違いが生じています。犬種別の遺伝性疾患については、教科書で取り上げられることも多く、またプードルやチワワなど診察する機会の多い犬種では、経験的にも感じられているでしょう。
今回は犬種ごとに特徴のある薬物動態や、消化管の移動スピードなど中毒診療に関わる項目についてご紹介します。
目次
大型犬は胃の排出速度が遅い傾向にある:ただし文献により意見が分かれる
大型犬は胃の容量が大きいため、食物が胃に滞留する時間が長くなる傾向にあります。
13C-オクタン酸呼気試験(OABT: Octanoic Acid Breath Test)という試験で犬の胃排出時間(GET:Gastric Emptying Time)を測定した研究があります。
対象
ミニチュアプードル、ビーグル、シュナウザー、ジャイアントシュナウザー、グレートデーン、ラブラドールレトリバー、アルゼンチンデーンの6犬種24頭
試験方法
13C-オクタン酸ナトリウムを添加した市販のドッグフードを摂取させ、呼気中の13CO2濃度から排出時間の計算を実施。摂取後4時間は15分ごとに呼気濃度を測定、その後2時間は30分ごとに測定。
結果
25%排泄にかかった時間(T0.25)は犬種全体では平均85 ± 4分でした。50%排泄にかかる時間(T0.50)は154 ± 5分(T0.50)、75%排泄に係る時間(T0.75)は240 ± 6分、最大排泄速度(Tmax)は91 ± 9分でした。
大型犬種ではT0.25とT.050において統計学的に有意な差が認められ、 胃の排出速度が遅いことが明らかになりました。T0.25が遅いということは、胃から小腸に排出され始める時間も他の犬種に比べてゆっくりということを意味します。
診療にどう活かす?
異物の誤飲から数時間が経ち、小型犬ではもう胃から排出されてしまっているかもしれないと思っても、大型犬ではまだ胃に滞留している可能性があります。
この点を考慮することで、診療方針を適切に決定することができます。
この試験の限界は?
犬種によって胃から食物が排出される時間が異なるかどうかについては、研究によって結果がまちまちです。また、具体的に何時間くらいかかるかというのも難しい問題です。今回の結果では75%の胃の内容物が排出されるのに240分前後でしたが、どんな食物を摂取するかによっても排出時間は前後します。過去にはパンやスキムルク、ひまわり油のマーガリンなど、脂肪分の多い食物を使った試験では、胃の排出が遅延するという結果が得られています。
食物が便になるまでの長さ(総消化管通過時間:MTT)も大型犬の方が長い!
先ほどの試験で、大型犬は胃の排出速度が小型犬〜中型犬よりも長い可能性があることを示しましたが、小腸や結腸直腸を通過し、便になるまでの平均総消化管通過時間(Mean total gastrointestinal transit time: MTT)はどうでしょうか。
対象
ダックスフント、グレートデーン、ジャイアントシュナウザー、シュナウザー、ビーグル、ラブラドールレトリバー、アルゼンチンデーン、ミニチュアプードル、その他犬種の成犬50頭。
試験方法
・総通過時間(MTT): 食事に着色プラスチックビーズを混ぜて与え、ビーズが便に現れるまでの時間を記録。
・糞便の硬さ: 日々のスコアリングを行い、定量的に評価
結果
大型犬では平均総消化管通過時間(MTT)が長い傾向が見られました。例えば、ミニチュアプードルのMTTは約22時間であるのに対し、ジャイアントシュナウザーでは約59時間でした。また、MTTが長い犬では、糞便の水分含有量が増えている傾向も見られました。
臨床にどう活かす?
大型犬には食物繊維やプロバイオティクスの調整など、消化サポートが有益な可能性がある。
この試験の限界は?
対象犬が50頭でデータ数としては不十分です。また、犬種も限定されているので全ての犬種や条件を一般化して述べるには不十分です。糞便の質は腸内細菌叢など体格以外などの要因も重要ですが、この試験ではそれらの要因は検討されていません。
食物繊維の消化率も大型犬で高い
大型犬と小型犬に食物繊維の含まれたフードを与え、どの程度消化されたかをみる総繊維消化率 (Total dietary fiber digestibility)についての報告があります。この研究では、大型犬の総繊維消化率が高いことが示されています。 具体的には、グレートデーンで52.5 ± 4%、小型犬の ミニチュアプードルで39 ± 7.4%、中型犬では中間の26~38%という結果が出ています。食物繊維の発酵過程で生成される短鎖脂肪酸の糞便中の量も、大型犬の方が高いというデータが出ています。
食物繊維は主に大腸での発酵によって分解されます。体重に対する消化管の長さの割合(相対的長さ)は、小型犬の方が長いとされていますが、結腸の絶対的な長さは体重が増えるにつれて長くなります。具体的には、 ミニチュアプードルでは約32cm、グレートデーンでは約99cmです。そのため、体重に対する消化管の長さよりも、発酵槽となる大腸が大きいほど食物繊維の消化率が高くなることが分かります。
臨床にどう活かす?
この文献も主にフードの設計に役立ちそうな内容ですが、大型犬は消化管内の滞留時間が長いことで、毒物が腸内で分解・変換されやすい可能性があります。例えば、どんぐりのタンニン中毒やメタアルデヒド系のナメクジ駆除剤など、消化の過程で有害な物質を変換するような中毒の場合、消化管に滞留する時間が長いほど体内に吸収される有毒成分も多くなります。そのため、大型犬で催吐処置などが遅れると重症化するリスクが高まることが考えられます。
おわりに
今回の試験では、主に消化管の速度の違いについてご紹介しました。実際の診療では細かいところまで考慮するのは難しいですが、異物誤飲・中毒発生時に催吐を検討する場合、犬種や食物の内容によって通過速度に違いがあることも頭の片隅に入れていただくと良いでしょう。
■参考
・BOURREAU, Jarno, et al. Gastric emptying rate is inversely related to body weight in dog breeds of different sizes. The Journal of nutrition, 2004, 134.8: 2039S-2041S.
・WYSE, Cathy A., et al. Use of the 13C-octanoic acid breath test for assessment of solid-phase gastric emptying in dogs. American Journal of Veterinary Research, 2001, 62.12: 1939-1944.
URL:https://jn.nutrition.org/article/S0022-3166(23)02994-2/fulltext
・HERNOT, D. C., et al. Relationship between total transit time and faecal quality in adult dogs differing in body size. Journal of Animal Physiology and Animal Nutrition, 2005, 89.3‐6: 189-193.
・DESCHAMPS, Charlotte, et al. From Chihuahua to Saint-Bernard: how did digestion and microbiota evolve with dog sizes. International Journal of Biological Sciences, 2022, 18.13: 5086.
監修者プロフィール
獣医師
福地可奈
2014年酪農学園大学獣医学部卒業したのち、東京都の動物病院にて4年間勤務し犬や猫を中心とした診療業務に従事しました。
2024年3月末、東邦大学大学院医学部博士課程の満期単位取得。学位取得要件である博士論文の提出を目指して活動しております。現在は、製薬関連企業に勤務しつつ、非常勤でマイクロチップ装着の業務も開始し、臨床に復帰する準備も徐々に進めています。
獣医師や一般の飼い主様に向けた動物の中毒情報を発信するなど、臨床とは異なったアプローチで獣医療に貢献することを目標に活動しています。
犬猫の中毒予防情報webサイト(外部webサイトに遷移します)