2023年8月から、獣医療に関するトピックを配信させていただいて参りました。獣医師向けの内容ということで、試行錯誤しながら作成して参りました。
読者の皆様の反応により、自分にとって興味深いものが獣医師の先生方にとってはそうでないものであったり、逆に想定しているより大きな反響をいただくものもあり、どういった題材が求められているのか、大変学びが深い1年7カ月となりました。
ご紹介したい中毒や薬剤情報などもございますが、今回は最後の記事ということなので、犬の安全を守るために気をつけたい事柄を日々の生活に関係の深い場所や食べ物をピックアップしてご紹介します。
目次
お外で
①暖かい時期の夜間帯の草むら・田んぼ
経験されたことのある先生も多いかもしれませんが、暖かい時期の夜の草むらや田んぼにはマムシやヒキガエルなど毒を持った生物が潜んでいることがあります。イヌはヘビの匂いを危険と感じることができず、主に視覚で認識し、「これはなんだ?」と近づき、匂いを嗅いでいるところで、噛まれたり毒液を浴びたりする事故が発生します。こうした生物の活動が活発になる暖かい時期には、可能であれば草むらや水辺は散歩コースから外すことでリスクを低減できます。
②お寺・墓地の近く
シキミは植物の中で唯一「劇物」に指定される有毒植物です。毒性の高さから庭に植えることは勧められていませんが、お寺や墓地には植えられていることが多いでので、近くをお散歩する際は注意しましょう。シキミの実は、ハッカク(スターアニス)という香辛料によく似た八角形の形をしています。もし、お寺や墓地の近くで特徴的な八角形の実を見かけた場合はシキミの可能性が高いので、愛犬が誤飲しないように散歩コースの変更や、十分な距離を保つように指導することを推奨します。
③海沿い・浜辺
アウトドアな飼い主さんにとって、夏は海へ犬と一緒にお出かけされる方もいらっしゃるかもしれません。珍しいケースですが、イギリスでは、海岸を散歩中にカニを食べた犬において麻痺性貝毒による中毒症例が報告されています。スーパーで売られているカニや貝と違い、自然環境中の生物には思わぬ中毒物質が蓄積されていることがあります。安全のためには、毒性がないとわかっている生物や、内臓など中毒物質が蓄積しやすい危険な部分を取り除けていないものは食べさせないように、飼い主さんへ一言お伝えすると良いでしょう。
家の中
④リビング
家の中には人用の医薬品やタバコ、家庭用品、電化製品など消化管閉塞・中毒を起こす可能性のある物質が多くあります。犬や猫の口に入る大きさのものを保管する際は、高い場所や扉のついた場所にしまいましょう。イヤホンなども注意です。
また、あまり多くはありませんが、壁紙も多量に誤食した場合は中毒を起こす可能性があります。
- 壁紙・塗料に関する注意
- 大量摂取で鉛中毒の可能性あり
- 特に1996年以前の建物は要注意(鉛含有塗料の使用可能性)
- 予防対策
- 壁の塗装状態を定期的にチェック
- 改修工事中はペットを別室に隔離
- 中古家具やDIY用塗料を使用する際は、SDSで鉛含有の有無を確認
⑤仏間・仏壇
仏事と関わりの深いシキミは、非常に毒性の強い有毒植物で、犬と人間双方で中毒の事例があります。宗派によってはお仏壇に供えられることもありますが、誤飲してしまうと重篤な症状を起こす可能性があるので、シキミが入った花器はイヌの体が届かない場所に置くようにしましょう。
⑥水槽
海水のアクアリウムを楽しんでいる場合は、水換えなどの際は犬がいない場所で行うようにしましょう。海水中には有毒なプランクトンが存在することがあり、それがサンゴなどに蓄積することがあります。
【スナギンチャクによる中毒事例と対策】
- アメリカでの中毒事例
- 人の症状:発熱、悪心、頭痛、筋肉・関節痛
- 犬の症状:嘔吐、沈鬱
- 猫の症状:沈鬱
- 発症時期:導入後約7~8時間
- パリトキシン中毒について
- 原因物質:スナギンチャクに共生する有毒渦鞭毛藻が産生
- 同様の毒素:ハコフグ、アオブダイなども保有
- 感染経路:エアロゾル化したパリトキシンの吸入
- 危険な状況
- スナギンチャクの破片が割れた時
- こすり洗い時
- 熱湯使用時
- 予防対策
- マスク・ゴーグルの着用
- 十分な換気
- ペットの隔離
- 慎重な取り扱い
まだ毒性が知られていない生物もいるかもしれないので、水槽の作業をする際は人間の安全を守るためにマスクやゴーグルなどを着用し、換気をよくした上で、ペットが立ち入らない場所で行うのが良いでしょう。
投薬補助に使う食べ物
おそらく先生方は犬猫の日々の健康管理には総合栄養食をお勧めし、病気によってはモニタリングしながらの療法食、一部の腸リンパ管拡張症(IL)など療法食でも対応できないものは超低脂肪食などを指導されていることと存じます。
同時に、内服薬の投薬をする際に飼い主さんから投薬するのが難しいという声も聞かれるかもしれません。直接口を開けて投薬するのが確実ですが、中にはご褒美となるようなものを使って与えている飼い主さんもいらっしゃるでしょう。
主食としては与えられないけれども、投薬補助として使われる場面が多そうな物質についても振り返ります。
⑦ハチミツ
Clostridium botulinum等の芽胞菌が混入している可能性があるので幼弱犬や免疫機能が低下しているような病態の個体には避けたほうが良いですが、基本的には与えてOKな食物です。
【ハチミツの安全な与え方】
- 基本的な注意点
- 以下の個体には避ける
- 幼弱犬
- 免疫機能が低下している個体
- Clostridium botulinum等の芽胞菌感染リスクあり
- 以下の個体には避ける
- 与えてはいけないハチミツ
- ツツジ科の花から採取したもの
- インド産、ネパール産、トルコ産(特に黒海地域)
※2023年にインド産はちみつによる中毒事例あり。食品安全委員会からも注意喚起されている。
- マッドハニー中毒について
- 原因:グラヤノトキシン(ツツジ科植物の神経毒)
- 症状:嘔吐、下痢、流涎、低血圧、心拍数低下
- 安全なハチミツの選び方
- 信頼できる養蜂業者や供給元から購入
- 苦味や渋みのあるハチミツは避ける (グラヤノトキシン含有ハチミツは苦いと報告されている)
- 違和感を抱いたものは破棄
上記の点に気をつければ、ハチミツはボタン電池誤飲時の応急処置としても有用な可能性があります。日頃から常備しておくと、いざという時に役立つかもしれません。これについては以前の記事で取り上げているので詳細は割愛しますが、ボタン電池誤飲時の量についても再掲します。
適切な量や間隔には議論の余地があるとしつつも、小児においては10分おきにティースプーン2杯程度(10ml)与えることを提案しています。犬や猫においては体格に応じて適宜増減しつつ、可能なら受診までの間、10分程度間隔で与えながら来てもらうと良いかもしれません。
⑧ほたて、貝類
もしかしたら犬よりも猫で投薬補助として用いることが多いかもしれません。貝類を用いる際の注意点は、1. 内臓(中腸腺)を確実に取り除き貝柱のみを与える、2. 与える際はお湯で加熱する、3. 生牡蠣は避ける、の3点です。
下記理由を列記します。
1. 中腸腺を取り除く
貝類の中腸腺には、生物濃縮により麻痺性貝毒(パリトキシン・サキシトキシンなど)、下痢性貝毒(オカダ酸とその同族のジノフィシストキシン群など)、光線過敏症(ピロフェオホルバイドa)などが含まれています。これらの毒素を避けるためにも、毒素の蓄積が少ない貝柱を用いるように指導します。
2. 加熱する
下痢性貝毒については、加熱調理では毒素は分解されません。また、麻痺性貝毒(PSP)の原因のサキシトキシンも100度程度では安定です。
しかし、6分間の蒸し料理では、汁へ毒が移行し、貝自体に含まれる量は約30~60%減少したという報告がなされています。中腸腺を取り除いて貝柱だけにすれば危険性は少ないですが、お湯で煮ればさらに安全性は増します。
3. 生牡蠣は避ける
牡蠣はノロウイルスによる胃腸炎の大きな原因の一つです。牡蠣については、現時点では牡蠣→犬へ感染し、胃腸炎を発症したという報告はありません。しかし、2018年7月、タイの犬舎で下痢を発症した犬と同じ敷地内に住む子供たちから、同じノロウイルス遺伝型が検出されました。遺伝子解析の結果、犬由来のノロウイルスはヒトノロウイルスと非常に近縁であり、人から犬への感染が示唆されたのです。
【犬のノロウイルス感染に関する研究】
1. イギリスでの研究結果- ウイルス様粒子(VLPs)の結合
ヒトノロウイルス7種類のVLPsが犬の消化管組織に結合可能であることを確認。 - 抗体検出
325頭の犬の血清を調査し、43頭(13.2%)からヒトノロウイルスに対する抗体を検出。 - ノロウイルスに感染したイヌが一定数存在する可能性を示唆。
- ウイルス検出方法
リアルタイムRT-PCRを使用し、RNAポリメラーゼ遺伝子をターゲットにノロウイルスを検出。 - 全ゲノムシークエンス解析
ヒト由来の2株(CU21953, CU21954)と犬由来の2株(CU21939, CU21952)の解析を実施。
ノロウイルス感染に関する研究はまだ発展途上であり、興味のある獣医師の先生方はぜひ詳細を確認してみてください。
ノロウイルス感染症は世界的に発生しており、今後は人→犬感染や、牡蠣→犬感染が成立するかについても研究が発展していくでしょう。なお、予後はそこまで悪くないようで、タイのアウトブレイクについては、他の犬からの隔離、衛生管理、支持療法(輸液など)が行われ、子犬を含む全頭が回復しています。子犬の感染は母犬の感染後に確認されており、母子感染の可能性も示唆されています。
免疫機能が低下していたり、未熟な犬がいる家庭で、飼い主さんがノロウイルスを発症してしまった場合は、なるべくノロウイルスに感染していない人がペットのお世話をするように指導したり、犬猫が胃腸炎を発症している際は可能であれば飼い主さんの状況も聴取しておくと、感染経路の特定に有用な情報が得られる可能性があります。
⑨牛乳
牛乳は乳糖のほのかな甘味と脂肪のまろやかさで好む犬も多いでしょう。これは、いわゆる”おやつ”や食欲増進目的で適量使用する分には問題ないと考えています。しかし、牛乳を与えるのが適さない個体もいます。
1.乳糖不耐症の犬
乳糖は、ブドウ糖とガラクトースが結合して構成されています。成人では体内でブドウ糖からガラクトースが生成されていますが、赤ちゃんではその変換がうまくできず、脳の発達のために乳糖が乳に含まれます。
人の母乳は哺乳類の中で、最も乳糖が豊富に含まれています。牛乳も、人ほどではありませんが犬の母乳よりも乳糖を豊富に含んでおり、犬に人用粉ミルクや牛乳を与えると乳糖不耐症を起こす可能性があります。
また、犬種に差があることもわかっています。ロットワイラーやラブラドールなどは犬の中でも母乳に乳糖が少ない犬種なので、こうした犬種は 牛乳を与えて乳糖不耐症により下痢をするリスクも高くなります。
表. 母乳中の乳糖(ラクトース)含有量 | ||
|
含有量(%) |
備考 |
犬 |
2.76~3.92% |
ロットワイラーは1.56%、ラブラドール、ゴールデンレトリーバーは約2.8%で乳糖不耐症リスク高 |
牛 |
4.7~5.0% |
|
人 |
7% |
|
2.哺乳が必要な犬
牛乳は犬の母乳と比較するとタンパク質が少なく低脂肪で、牛乳を与えると成長不良になるのでミルクで育てる必要がある際は、犬用ミルクを使う必要があります。
おわりに
少し細かい部分もありましたが、今後、飼い主さんとコミュニケーションを取られる際や、臨床研究を行う上で何かヒントになるようなものがあれば幸いです。
1年と7ヶ月、大変お世話になりました。この期間はPanasonicのみなさまやメルマガを読んでくださる先生方に支えていただき、沢山勉強させていただきました。おかげさまで、獣医学商業誌への寄稿のお話もいただくようになり、みなさまには感謝してもしきれません。今後もSNSなどを中心に、ペットの中毒情報や、薬剤情報の発信をライフワークとして続けてまいりますので、どこかでまたお会いできたら嬉しいです。みなさまのご活躍とご多幸を心よりお祈りしております。
■参考
・Walter KM, Bischoff K, de Matos R. Severe Lead Toxicosis in a Lionhead Rabbit. J Med Toxicol. 2017 Mar;13(1):91-94. doi: 10.1007/s13181-016-0597-x. Epub 2017 Jan 13. PMID: 28091810; PMCID: PMC5330967.
・鉛含有塗料に関するお知らせとお願い,日本塗料工業会, https://www.toryo.or.jp/jp/anzen/news/files/lead-rr-brochure2016.pdf
・パリトキシン及びパリトキシン様毒の検出技術に関する研究, 溝添暁子, et al. https://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/fukushi/eikanken/presentation/pdf/202110.pdf
・食品安全委員会. 香港衛生署衛生防護センター、マッドハニー中毒事例について公表. [インターネット]. 2023年11月13日 [参照日: 2025年1月10日]. 利用可能: https://www.fsc.go.jp/fsciis/foodSafetyMaterial/show/syu06170310360
・CHIEW, Angela L., et al. Home therapies to neutralize button battery injury in a porcine esophageal model. Annals of Emergency Medicine, 2024, 83.4: 351-359.
・ANFANG, Rachel R., et al. pH‐neutralizing esophageal irrigations as a novel mitigation strategy for button battery injury. The Laryngoscope, 2019, 129.1: 49-57.
・CHAROENKUL, Kamonpan, et al. Human norovirus infection in dogs, Thailand. Emerging Infectious Diseases, 2020, 26.2: 350.
・ CADDY, Sarah L., et al. Evidence for human norovirus infection of dogs in the United Kingdom. Journal of clinical microbiology, 2015, 53.6: 1873-1883.
・ZHANG, Mengjie, et al. Analysis and comparison of nutrition profiles of canine milk with bovine and caprine milk. Foods, 2022, 11.3: 472.
監修者プロフィール
獣医師
福地可奈
2014年酪農学園大学獣医学部卒業したのち、東京都の動物病院にて4年間勤務し犬や猫を中心とした診療業務に従事しました。
2024年3月末、東邦大学大学院医学部博士課程の満期単位取得。学位取得要件である博士論文の提出を目指して活動しております。現在は、製薬関連企業に勤務しつつ、非常勤でマイクロチップ装着の業務も開始し、臨床に復帰する準備も徐々に進めています。
獣医師や一般の飼い主様に向けた動物の中毒情報を発信するなど、臨床とは異なったアプローチで獣医療に貢献することを目標に活動しています。
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