犬には遺伝的な背景によって、特定の物質に中毒を起こしやすく、誤飲しやすい傾向のある犬種がいます。
目次
日本犬系の犬種:ネギ類の中毒
秋田犬や柴犬など日本犬に多い遺伝性高カリウム赤血球犬(HK)、かつ高グルタチオン赤血球犬(HG)ではネギ類による溶血貧血が特に発症しやすくなっています。いずれも、赤血球中のカリウムとグルタチオン濃度が高くなっており、チオ硫酸化合物による酸化反応が起こりやすくなっています。
HK/HG犬のタマネギ中毒では、赤血球が壊れると中のカリウムが溶出して高カリウム血症になり、不整脈になるのでは?と思われるかもしれませんが、実際にはHK/HG犬のタマネギ中毒による貧血でも高カリウム血症はみられなかったという報告が日本からも出ています。
・SALGADO, B. S.; MONTEIRO, L. N.; ROCHA, Noeme Sousa. Allium species poisoning in dogs and cats. Journal of Venomous Animals and Toxins including Tropical Diseases, 2011, 17: 4-11.
・菱山信也, et al. 高カリウム高グルタチオン赤血球犬のタマネギ中毒時の酸-塩基平衡障害. 日本獣医師会雑誌, 2000, 53.3: 149-153.
・YAMATO, Osamu, et al. Novel Heinz body hemolysis factors in onion (Allium cepa). Bioscience, biotechnology, and biochemistry, 1994, 58.1: 221-222.)
フラットコーテッド・レトリーバー:空腹を感じやすい
日本のペット保険大手アニコム損保の調査によると、0歳の犬 約2万9千頭の犬種別の誤飲発生率を調べたところ、全犬種の平均 5.7%より高い犬種のうち、特に発生率が高いのは、順に 、フラットコーテッド・レトリーバー、バーニーズ・マウンテン・ドッグ、ビーグル、フレンチ・ブルドッグ、ボーダー・コリーでした。
表1 |
誤飲発生率の高い犬種の罹患率 |
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犬種 |
罹患率 |
1 |
フラットコーテッド・レトリーバー |
20.0% |
2 |
バーニーズ・マウンテン・ドッグ |
11.8% |
3 |
ビーグル |
10.8% |
4 |
フレンチ・ブルドッグ |
10.2% |
5 |
ボーダー・コリー |
8.5% |
6 |
ミニチュア・ピンシャー |
8.1% |
7 |
ラブラドール・レトリーバー |
8.0% |
8 |
キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル |
7.5% |
これを裏付けるデータも出ています。英国ケンブリッジ大学の研究により、調査したフラットコーテッド・レトリーバーのうち約60%、ラブラドール・レトリーバーの12%がPOMC遺伝子変異を持っていることが報告されました。
POMC遺伝子変異を持つ18匹のラブラドール・レトリーバーの個体 と、変異を持たない個体18匹(wild type)を用いて、食事3時間後にソーセージの入ったボックスをみせ、犬から2メートル離した場所におき、犬の行動を記録したところ、ボックスを刺激する行動が遺伝子変異のある群で多く見られました。 このことから、POMC遺伝子変異を持つフラットコーテッド・レトリーバーやラブラドール・レトリーバーでは空腹を感じやすいことが示されています。
この実験では、フラットコーテッド・レトリーバーが ペットとしては比較的稀な犬種であることから、十分な頭数を準備するのが難しく、ラブラドール・レトリーバーでの実験になったことが述べられています。
フラットコーテッド・レトリーバーやラブラドールが誤飲の上位の犬種であるのは、遺伝的に空腹を感じやすい体質であることと関連していると思われます。(DITTMANN, Marie T., et al. Low resting metabolic rate and increased hunger due to β-MSH and β-endorphin deletion in a canine model. Science Advances, 2024, 10.10: eadj3823.)
コリー:MDR1遺伝子変異(イベルメクチン、ロペラミド )
コリー犬系の犬種では、薬剤汲み出しを担う輸送体(MDR-1、P-糖タンパク、ABCトランスポーター)をコードするMDR1遺伝子の変異がある個体がいます。タイの研究では、MDR1遺伝子変異の発生率はラフ・コリーで57.14%、オーストラリアン・シェパードで25.64%、シェットランド・シープドッグで16.13% というデータが出ています。
MDR1遺伝子にコードされたP-糖タンパク質 は、脂溶性の高い薬剤を細胞の中から外へ輸送します。
脳には、薬剤が侵入しないように血液脳関門があり、P-糖タンパク質が薬剤の汲み出しを行っています。抗線虫薬であるイベルメクチンは、中枢神経障害を生じさせますが、これは線虫には血液脳関門のような機構が中枢神経に生じないために起こります。哺乳類で安全性が高いのは、血液脳関門で薬剤の汲み出しが働いているためです。しかし、MDR1遺伝子変異が生じている犬では、通常の犬では問題ない用量の使用でもイベルメクチンによる中毒を起こすことがあります。
表2 MDR1遺伝子変異(+/-)発生率 Lerdkrai C, Phungphosop N. Prevalence of the MDR1 gene mutation in herding dog breeds and Thai Ridgebacks in Thailand. Vet World. 2021 Nov;14(11):3015-3020.)より改変 |
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犬種 |
MDR1遺伝子変異(+/-)発生率 |
ラフ・コリー |
57.14% |
オーストラリアン・シェパード |
25.64% |
シェットランド・シープドッグ |
16.13% |
オールド・イングリッシュ・シープドッグ |
16.67% |
また、止瀉薬であるロペラミドは、腸管のμ受容体に作用して腸蠕動を阻害するオピオイドです。モルヒネと同じ作用点ですが、下痢止めとして使う薬用量では血液脳関門を通過する薬剤量が少なく、麻薬指定はされていません。しかしながら、μ受容体は脳にも分布しており、過量投与で脳での薬物濃度が高まると、中毒を起こします。コリーでは、通常の犬の薬用量でも中毒を起こす可能性があります。
μ 受容体に高い親和性を持つナロキソンが治療薬として挙げられますが、近年では医原性ロペラミド中毒のラフ・コリーに対して、静脈内脂肪乳剤(ILE)を用いて、速やかに中毒症状が改善した症例報告があります。
犬におけるロペラミドの止瀉剤としての推奨用量は0.04~0.2mg/kgで、通常は0.63mg/kgの摂取で嘔吐を起こす可能性がありますが、コリー犬では0.1mg/kg以上で中毒を起こすとされます。
まとめ
一般社団法人ジャパンケンネルクラブ(JKC)によると、世界には700~800の犬種があると言われています。国際畜犬連盟(FCI)では355犬種が公認されており、ジャパンケンネルクラブでは208犬種が登録されています(2024年4月時点)。 体つきや被毛の特徴、気質などを固定するために、人為的な交配を重ねて作り上げられたもので、それに伴い遺伝子変異が特定の犬種で見られます。
こうした犬種を飼われている飼い主さんには、中毒のリスクが高いことなどを、日頃の診療の際のエデュケーションとして取り入れていいただくと良いかもしれません。まだ知られていない遺伝子変異と中毒の関連も数多く存在するはずなので、また情報を入手し次第、アップデートをしてまいります。
参考
・ジャパンケンネルクラブ, https://www.jkc.or.jp/worlddogs/introduction
・SALGADO, B. S.; MONTEIRO, L. N.; ROCHA, Noeme Sousa. Allium species poisoning in dogs and cats. Journal of Venomous Animals and Toxins including Tropical Diseases, 2011, 17: 4-11.
・菱山信也, et al. 高カリウム高グルタチオン赤血球犬のタマネギ中毒時の酸-塩基平衡障害. 日本獣医師会雑誌, 2000, 53.3: 149-153.
・YAMATO, Osamu, et al. Novel Heinz body hemolysis factors in onion (Allium cepa). Bioscience, biotechnology, and biochemistry, 1994, 58.1: 221-222.
・Lerdkrai C, Phungphosop N. Prevalence of the MDR1 gene mutation in herding dog breeds and Thai Ridgebacks in Thailand. Vet World. 2021 Nov;14(11):3015-3020. doi: 10.14202/vetworld.2021.3015-3020. Epub 2021 Nov 27. PMID: 35017851; PMCID: PMC8743763.
・LONG, Whitney M., et al. Use of 20% intravenous lipid emulsion for the treatment of loperamide toxicosis in a Collie homozygous for the ABCB1‐1∆ mutation. Journal of veterinary emergency and critical care, 2017, 27.3: 357-361.
・植田和光. 大村 智 先生のノーベル賞ご受賞を祝して イベルメクチンと MDR1. 化学と生物, 2015, 54.1: 2-2.
・Handbook of Poisoning in Dogs and Cats, Author(s):AlexanderCampbell, Michael Chapman, First published:6 April 2000, Print ISBN:9780632050291 |Online ISBN:9780470699010 , DOI:10.1002/9780470699010
・麻酔薬および麻酔関連薬使用ガイドライン 第 3 版, ナロキソン, http://www.anesth.or.jp/guide/pdf/publication4-2_20180427s.pdf?fbclid=IwAR2cpRHn9bGx_8IGvuV0mqu66lAs-blB5_hsk7cZeLOYb4G0mdg7pkjGAUc
・DITTMANN, Marie T., et al. Low resting metabolic rate and increased hunger due to β-MSH and β-endorphin deletion in a canine model. Science Advances, 2024, 10.10: eadj3823.
・川原井麻子. 家庭犬の予防医療に関する研究. 日本獣医生命科学大学,学位論文, 2016.より改編
監修者プロフィール
獣医師
福地可奈
2014年酪農学園大学獣医学部卒業したのち、東京都の動物病院にて4年間勤務し犬や猫を中心とした診療業務に従事しました。
2024年3月末、東邦大学大学院医学部博士課程の単位取得。春からは製薬企業に勤務しつつ、学位取得要件である博士論文の提出を目指して活動しております。
獣医師や一般の飼い主様に向けた動物の中毒情報を発信するなど、臨床とは異なったアプローチで獣医療に貢献することを目標に活動しています。
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