10月 30, 2024
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犬は人の感情がわかる?驚くべきその嗅覚と情動伝染

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犬の嗅覚が優れていることはよく知られています。実際、犬の嗅上皮の総面積は約 20 ㎠〜150 ㎠とヒトの約 5 倍以上あり、嗅神経細胞数も約3億 ~数十億個とヒトの約 4〜数倍存在しているなど、人が感じることのできない成分も感知することができます。

まだ研究途上ですが、これまで複数の研究により、犬がある種の ニオイに対してストレスを感じたり、逆にリラックスすることが明らかになってきています。

今回の記事では、犬が感じることのできるニオイ、危険と感じることのできるニオイ、リスクと認識できないニオイに関する研究、そして人の感情に起因するニオイが犬の感情に影響し(情動伝染、emotional contagion)、犬の行動を左右するという研究をご紹介します。

 

 


目次


 

人の感情を犬は汗と呼気に含まれるニオイで感じている

[試験デザイン]

人に精神的ストレスを感じさせる課題として、暗算がよく用いられます。Mental Arithmetic Task (MAT)もその一つで、被験者36名にMATの課題を与え、ストレスを感じた際の汗と呼気をサンプルとして集めました。
犬は、ストレス状態の人の呼気と汗からなるサンプルと空のサンプルを用いて、ストレス状態のサンプルを選択する事前トレーニングを受けた4頭が用いられました。
その後、実際の試験では4頭の犬に対して、ストレス状態のサンプルとストレスを感じていない状態のサンプルが提示され、ストレス状態のサンプルを識別する試験が行われました。試験は、36人の参加者のサンプルを、36セッション(それぞれ16、11、7、2セッション)にわたって4頭の犬で実施し、1セッションあたり20回の試行を行いました。

 

[結果]

各犬は、90.00%~96.88% の確率でストレスサンプルを選択しました。統計学的解析では、犬が偶然に選んだ可能性より高い確率でストレスサンプルを選んだことが示されました。※ combined accuracy of 93.75% (N trials=720)

 

[コメント]

参加した犬は4頭と少なく、訓練を受けていたため、ストレス臭を識別することに対して、正の強化トレーニングを受けていた可能性があります。

 

人がストレスを感じた時のニオイで犬の行動に影響を与える

上記の試験から犬がストレス臭を識別している可能性を示していますが、人のストレス由来の体臭が犬自身に影響しているかはわかりませんでした。しかし、2024年7月、人の体臭から感情を感じ取り、人がストレスを感じた時に回収した体臭サンプルを嗅いだ犬の行動が変化するという論文も発表されました。

 

[試験デザイン]

サンプル収集:ストレス条件に置かれた時とリラックス条件に置かれた時の人間から汗や呼気を収集し、ストレス時とリラックス時のニオイサンプルを得ました。

試験の手順:18匹の犬に対して3つの条件(ストレスのニオイ、リラックスのニオイ、ニオイなし)で試験を行いました。各セッションで異なる条件のニオイを与え、犬がフードのお皿に接近するかどうかを測定しました。

曖昧な位置設定:「ポジティブ」(食べ物がある皿)と「ネガティブ」(空の皿)の位置に加えて、3つの曖昧な位置(near-positive、middle、near-negative)が設けられ、犬がどの位置に向かうかを観察しました。

※著者補足:犬が不安や警戒心を感じた時に、”危険あるいは良いことがない場所を避け、良いことがあるお皿にいく”という行動を通じて安心感を得ようとしているかを測定する試験。食べ物が入った皿にばかり行くのは、犬が不安な気持ちを抱えているため、空の皿を探索しようという好奇心が抑えられていることを示しています。

 

[結果]

特に3回目のセッションにおいて、ストレスを感じた人のニオイに暴露された犬は「near-negative」という曖昧な位置にあるボウルへの接近が少なく、リスク回避行動を示しました。この結果は、ストレスのニオイが犬の判断に影響を与え、よりネガティブな判断を引き起こす可能性を示唆しています。

 

[なぜ3回目が重要か?]

3回目の試験では、最初の試験で学んだ行動パターンが確立されているため、犬のニオイへの反応が明確に現れやすいと考えられます。特にストレスのニオイが3回目に与えられた場合、犬が「near-negative」位置に接近する確率が大幅に低下し、リスク回避行動が強まることが示されました。このことは、犬が人間のストレスのニオイに反応し、警戒感や悲観的な判断を強める可能性があることを示しています。

 

[コメント]

実験によって、人がストレスを受けた時と受けていない時の体臭が犬の行動に影響を与えることが実証されました。
病院を受診した犬が不安を感じている際に、飼い主も精神的なストレスを抱えていると、犬はさらにフラストレーションを感じる可能性があります。この論文では、こうした人と犬の感情が相互に影響し合う現象を「情動伝染(emotional contagion)」と定義しています。

 

[精神的ストレスを感じた人の唾液に含まれるものは?]

人はストレスがかかると、体内の2つの経路が活性化されます。

  1. 視床下部-下垂体-副腎(HPA)系
    • 視床下部より副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)が分泌され下垂体に作用します。これにより、 下垂体から副腎皮質刺激ホルモンが分泌されて副腎皮質に作用、最終的に副腎皮質からコルチゾー ルが分泌されます。この系由来のストレス関連物質として、コルチゾール、デ ヒドロエピアンドロステロン、テストステロンが知られています。
  2. 青斑核/ノルアドレナリン系
    • 青斑核におけるノルアドレナリン神経の興奮により、交感神経系をはじめとする自律神経系が活性化されます。この活性化により 、神経末端からノルアドレナリンが分泌されるとともに、副腎髄質からカテコールアミンが分泌されます。
      この系由来のストレス関連物質として、クロモグラニンA、3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニルグリコール、αアミラーゼ、IgAなどが知られています。

これまでの犬の実験では、犬がどの成分に反応して人のストレス臭を認識していたかは不明ですが、こうしたストレス関連由来物質を認識しているの可能性があります。
人の感情の変化が犬自身のストレスに影響するかどうかは追加の試験が必要となります。しかし、例えば動物病院に行くことに対して飼い主さん自身がストレスを感じている場合、発せられる汗や呼気の臭いから犬が不安を感じ、それを察知して犬自身も不安になる可能性があります(情動伝染)。

 

犬の嗅覚で感知できる危険・できない危険

犬は自身が嗅いだことのないニオイでも、嫌がる動物の匂いがあります。

英国やノルウェーで飼育されている82匹の犬を対象に、ヒグマの糞便、オオヤマネコの糞便、ビーバー、水をサンプルとして、40cm以内まで近づいた際の犬の心拍数と、その場所に滞在した時間を評価した試験があります。この試験では、クマやヤマネコの糞便の匂いを嗅がせたところ、草食動物のビーバーや対照の水と比較して、統計学的に有意な心拍数の上昇(基準時から約30%の上昇)が認められました。また、ビーバーや水のニオイ源よりも早くその場から離れようとする結果も得られました。

この試験では、以前これらの野生動物に遭遇したかどうかの経験で結果は変わらなかったとしており、犬は遭遇したことがないはずの危険な野生動物に対して、本能的に危険を感じていることがわかります。

 

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しかし、郊外で飼われている犬などは、お散歩の最中にマムシなどの毒ヘビに噛まれてしまうことがあります。嗅覚が優れる犬なのに、ヘビのニオイは感知できないのでしょうか?どうやら犬はリスクのあるニオイと、そうでないニオイを完全に区別できないようです。

これについても、興味深い実験がなされています。

アメリカのアリゾナ州の動物病院で2年間に収集されたガラガラヘビによる咬傷272例を分析したところ、83%の犬が顔、頭、首を噛まれており、犬がヘビについて調べようと顔を寄せていたことがわかりました。

ガラガラヘビのニオイを犬は忌避しないのか?という仮説の元、カリフォルニア州で飼育される117頭の飼い犬に様々な動物のニオイを嗅がせたところ、ガラガラヘビのニオイに対して忌避する結果は得られませんでした。マウスのニオイは、ガラガラヘビより長い時間、すなわち興味を持ってニオイを嗅ぐことがわかりましたが、ガラガラヘビについても7秒程度ニオイを嗅いでしまうので、攻撃を避けることは難しいかもしれません。ヘビ自体は人にとってはニオイが少なく感じますが、犬は鋭い嗅覚で認識自体はできて興味を持つ、あるいは臭気のある糞便のニオイに興味を持つのかもしれません。

 

各サンプルを嗅覚で確認していた時間 

匂いの種類

平均時間
(秒)

標準偏差
SD

ガラガラヘビとの有意差
p値)

 新聞紙(対照群)

2.87

3.40

N/A

カタツムリ

3.66

3.75

N/A

ボア(無毒のヘビ)

5.47

6.49

N/A

ガラガラヘビ

7.42

6.58

N/A

マウス

10.09

7.95

0.001

 

これらの実験は日本には分布しないガラガラヘビを用いているので、マムシなど日本の毒ヘビについても同様のことが言えるかは実験をしてみないとわかりません。しかし、日本でもマムシ咬傷の犬の症例が多数報告されていることを鑑みると、犬はヘビのニオイを嫌がらず 、むしろ積極的に近づいていく可能性も示唆されます。

 

おわりに

犬の嗅覚から得られる情報は、犬にさまざまな影響を与えることが明らかになりつつあります。しかし、中には危険な動物由来(ヘビなど)のニオイでも犬自身がリスクのあるシグナルと認識しないケースもあります。

人の精神的ストレスを、犬が認識できるポテンシャルがあると言えそうですが、一部の実験では犬のストレスになり、行動が実際に変わるという結果も得られつつあります。

ここからどのように実際の臨床現場に応用できるでしょうか。

最近はPVP(Pre-Visit-Pharmaceuticals)という、動物病院に来るのを緊張してしまう犬や猫に、来院前に気持ちが落ち着くようなお薬を飲んできてもらう方法を取る病院も出てきました。

犬自身の不安を軽減させることの重要性は広まってきていますが、今後は情動伝染により飼い主さんの不安な気持ちが犬に伝わる可能性があることから、飼い主さんが安心できる空間作りも重要と思われます。

動物病院の待合室をほっとするデザインにしたり、臭気対策を行うなど居心地の良い空間を作ることは、飼い主さんの精神的ストレスを軽減し、犬も落ち着いて過ごすことができると考えます 。また、受付では飼い主さんがスタッフと疑問や懸念などを相談しやすくするなどの工夫も重要です。

 

 

 

参考

・WILSON, Clara, et al. Dogs can discriminate between human baseline and psychological stress condition odours. PLoS One, 2022, 17.9: e0274143.

PARR-CORTES, Zoe, et al. The odour of an unfamiliar stressed or relaxed person affects dogs’ responses to a cognitive bias test. Scientific Reports, 2024, 14.1: 15843.

・井澤修平, et al. 唾液を用いたストレス評価―採取及び測定手順と各唾液中物質の特徴―. 日本補完代替医療学会誌, 2007, 4.3: 91-101

・宮崎雅雄. 哺乳動物の嗅覚コミュニケーション. におい・かおり環境学会誌, 2016, 47.1: 25-33.

林良博. 犬の嗅覚はなぜ超高性能なのか. 応用物理, 2014, 83.1: 56-57.

・Samuel L, Arnesen C, Zedrosser A, Rosell F. Fears from the past? The innate ability of dogs to detect predator scents. Anim Cogn. 2020 Jul;23(4):721-729. doi: 10.1007/s10071-020-01379-y. Epub 2020 Apr 8. PMID: 32270350; PMCID: PMC7320930.

・DI LUCREZIA, Alfredo, et al. Dogs do not exhibit avoidance behavior in response to the smell of snakes. Dog Behavior, 2023, 9.2.

・MULHOLLAND, Michele M.; OLIVAS, Victoria; CAINE, Nancy G. The nose may not know: dogs’ reactions to rattlesnake odours. Applied animal behaviour science, 2018, 204: 108-112.

・PARR-CORTES, Zoe, et al. The odour of an unfamiliar stressed or relaxed person affects dogs’ responses to a cognitive bias test. Scientific Reports, 2024, 14.1: 15843.

 

 

監修者プロフィール

獣医師 福地可奈先生のプロフィール写真

獣医師
福地可奈

2014年酪農学園大学獣医学部卒業したのち、東京都の動物病院にて4年間勤務し犬や猫を中心とした診療業務に従事しました。
2024年3月末、東邦大学大学院医学部博士課程の単位取得。春からは製薬企業に勤務しつつ、学位取得要件である博士論文の提出を目指して活動しております。
獣医師や一般の飼い主様に向けた動物の中毒情報を発信するなど、臨床とは異なったアプローチで獣医療に貢献することを目標に活動しています。

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