筆者はWebやSNSにおいて、犬や猫の中毒情報について発信しています。他の獣医師の先生方と交流させていただく中で、NSAIDs関連の中毒でボルタレンテープ(湿布)の誤飲による消化管穿孔などが対応に苦慮する等のご意見をいただきました。
調べてみると、ジクロフェナク含有テープの誤飲症例の頻度は高いようで、薬物動態なども含め、ご紹介させていただきます。最初に概略を述べ、その後にジクロフェナク特有の中毒量や致死量などをご紹介いたします。
目次
- ジクロフェナク含有テープ(製品名:ボルタレンテープ)概要
- 開発経緯
- 作用機序
- 中毒の発症機序
- ジクロフェナクの中毒量
- ジクロフェナク含有 テープを誤飲した時の吸収率は?
- 治療は?
- まとめ
ジクロフェナク含有テープ(製品名:ボルタレンテープ)概要
●開発経緯
歴史は意外に古く、1965年に現在のノバルティスファーマの前身であるチバガイギー社にて開発されたフェニル酢酸系の非ステロイド性鎮痛・抗炎症剤(NSAIDs)です。ジクロフェナクナトリウム製剤として、世界に先駆けて1974年に日本で発売されました。鎮痛・抗炎症効果が認められ、坐剤やカプセル製剤、経皮製剤としてゲルが発売されています。ボルタレンテープは、経皮製剤として2004年に発売されました。現在は、ジクロフェナク15mg が含まれるタイプ30mg 含まれるタイプが市販されています。
●作用機序
他のNSAIDsと同様に、アラキドン酸代謝におけるシクロオキシゲナーゼ活性を阻害することで、炎症や疼痛に関連するプロスタグランジン(PG)合成を抑制します。ジクロフェナクナトリウム軟膏では、ラットの急性炎症モデル(カラゲニン誘発足蹠浮腫)において、炎症組織中のプロスタグランジンE2の産生抑制が認められています。
●中毒の発症機序
生理的に体に存在するプロスタグランジン(PG)は消化管粘膜において、粘液の産生・分泌促進や重炭酸促進や粘膜血流増加などの粘膜防御に関連しています。そのため、NSAIDsの投与により胃粘膜に存在する内因性プロスタグランジンが減少すると、粘膜防御能が低下し潰瘍や潰瘍部分からの出血、穿孔が引き起こされます。
NSAIDsによりプロスタグランジンE2(PGE2)やPGI2の産生が阻害されることで、腎臓糸球体の輸入細動脈が収縮しGFRが低下することで、腎障害をもたらします。
ジクロフェナクの中毒量
犬におけるジクロフェナクの中毒量、致死量の研究は複数あります。投与日数に差はありますが、0.5mg/kg程度から消化器障害や腎障害を起こす可能性があります。
ボルタレンテープでは、テープ1枚に15mgと30mgの高濃度のジクロフェナクナトリウムが含まれており、消化器潰瘍や腎障害を起こす可能性があります。
表1 犬におけるジクロフェナクの中毒・致死量 | |||
量 |
投与日数 |
臨床徴候、所見 |
報告 |
0.5~2.5mg/kg/day |
30~90日(経口) |
消化管障害、貧血、髄外造血、リンパ節炎 |
Kim HS, Kang GH, Yang MJ, Ahn HJ, Han SC, Hwang JH. Toxicity of diclofenac sodium salt in Yucatan minipigs (Sus scrofa) following 4 weeks of daily intramuscular administration |
59~800mg/kg |
単回 |
致死量(LD50) |
同上 |
3mg/kg/bid |
4日間(経口) |
BUNとクレアチニン値が有意に上昇し、剖検では胃には潰瘍が認められ、腎臓においては腎臓尿細管細胞の腫脹(distended)が認められた。 |
Narendra Ramesh, A study on toxicity of diclofenac in dogs, The Indian veterinary journal 79(7):668-671 |
ジクロフェナク含有 テープを誤飲した時の吸収率は?
誤って、犬が ジクロフェナク含有テープを飲み込んだ際の消化管からの吸収率についての研究はあまりありません。
しかし、ジクロフェナク10mgが溶け出すのに必要な水分量は58mlであり、2020年にMRIを用いて9~12kgのビーグルの胃液量を詳細に研究した報告では、胃液量は24.0±4.2mlであり、テープなど物理的に詰まる可能性が高い物質の場合は、滞留する時間が長くなりやすく、ジクロフェナク量が溶け出す量も増え、その部位に潰瘍や穿孔を引き起こしやすくなると予想されます。
湿布が丸まった状態で誤飲していたとしても、ジクロフェナクは酸性NSAIDsであり酸性環境下で(脂質)細胞膜に透過しやすくなるため、時間が経って消化液に触れる時間が長くなってくると体内に移行する量も増加すると考えられます。
治療は?
早期の催吐処置による除染は有効です。他のNSAIDsの中毒と同様に胃洗浄や静脈点滴、必要ならば腹膜透析など対症療法が適応となります。NSAIDs中毒の治療に関しては成書をご参考ください。
まとめ
湿布は膝や肘など可動域の大きい部位に貼り付けている場合、自然と剥がれて床に落ちることがあります。未使用品の箱を漁って誤飲することもありますが、こうした知らない間に湿布やテープが動物の口に触れる場所に落ちてしまうケースもあるため、飼い主様方への啓発が重要となります。
参考
・Narendra Ramesh, A study on toxicity of diclofenac in dogs, The Indian veterinary journal 79(7):668-671 https://www.researchgate.net/publication/279689499_A_study_on_toxicity_of_diclofenac_in_dogs
・Kim HS, Kang GH, Yang MJ, Ahn HJ, Han SC, Hwang JH. Toxicity of diclofenac sodium salt in Yucatan minipigs (Sus scrofa) following 4 weeks of daily intramuscular administration. Toxicol Rep. 2021 Feb 26;8:557-570. doi: 10.1016/j.toxrep.2021.02.022. PMID: 33777702; PMCID: PMC7985715. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7985715/
・Cuncai Wang, et al, In vivo measurement of gastric fluid volume in anesthetized dogs, Journal of Drug Delivery Science and Technology, Feb2020
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1773224719317149
・KEGG,ジクロフェナク, 分子量296, https://www.genome.jp/dbget-bin/www_bget?dr_ja:D07816
・医薬品インタビューフォーム ボルタレンテープ15mg, 30mg, 2021年2月(改訂第9班), https://www.dojin-ph.co.jp/wp/wp-content/themes/dojin/lib/pdf/rx_interviewform/if_vot_1503.pdf
・平田純生; 門脇大介; 成田勇樹. NSAIDs による腎障害: COX-2 阻害薬およびアセトアミノフェンは腎障害を起こすか. 日本腎臓学会誌= The Japanese journal of nephrology, 2016, 58.7: 1059-1063.
・薬物潰瘍, The Japanese society of gastroenterology, https://minds.jcqhc.or.jp/docs/minds/pu/peptic-ulcer_4.pdf
監修者プロフィール
獣医師
福地可奈
2014年酪農学園大学獣医学部卒業したのち、東京都の動物病院にて4年間勤務し犬や猫を中心とした診療業務に従事しました。現在大学院に在学しつつ、獣医師や一般の飼い主様に向けた動物の中毒情報を発信するなど臨床とは異なったアプローチで獣医療に貢献することを目標に活動しています。
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