日常の院内感染対策として、手指衛生やドアノブや器具の消毒など、様々な対策を講じられている先生方も多いかと思います。
聴診器は動物の心音や呼吸の状態など、基本的な身体検査で毎日頻回に使用されます。聴診器は獣医師個人の所有であることが多く、その消毒や管理は所有者の獣医師に任されている施設が多いでしょう。
聴診器自体が病原体を動物から動物へ伝播し、院内感染が起きることは実臨床では稀なことと思われますが、聴診器にはどの程度細菌が付着しているのか、動物病院における院内感染リスクについての文献をご紹介いたします。
■論文タイトル:Bacterial Contamination of Stethoscope Chest Pieces and the Effect of Daily Cleaning
目次
目的
研究目的は下記のとおりです。
・動物病院で獣医師が使用する聴診器から検出される細菌の種類を明らかにすること。
・一本の聴診器から検出される細菌の種類が時間と共に経過するか調べること。
・70%イソプロピルアルコールで毎日消毒することで分離される細菌の数と種類が減少するかどうか調べること。
方法
ノースカロライナ州立大学獣医教育病院(North Carolina State University Veterinary Teaching Hospital(VTH))に勤務する獣医師の聴診器のダイヤフラム部分を、3週間毎週スワブで採取し、培養しました(Phase1)。
その後は、3週間1日1回70%イソプロピルアルコールで消毒する手技を取り入れ、週に一度、消毒前と消毒後にスワブにてサンプルを採取して培養しました(Phase2)。また、聴診器を使用している獣医師に聴診器の消毒状況等について調査しました。
結果
10名の参加者のうち、8名が過去に一度は消毒をしたことがあると答え、そのうち、6名が定期的に消毒を行っていました。消毒の頻度別にみると、3名は最低でも毎週、1名は最低でも毎月、4名は毎月1回未満掃除していると回答し、毎日、あるいは動物を診察するたびに消毒している回答者はいませんでした。
また参加した10名のうち、4名はPhase2においても聴診器の消毒を実施しませんでした。
聴診器の過去の消毒状況 | 回答者(10名中) |
毎日消毒していた | 0/10 |
週に1度は消毒していた |
3/10 |
月に1度は消毒していた | 1/10 |
それ以上 | 4/10 |
消毒をしたことがない | 2/10 |
Phase1の消毒をしていないタイミングでの採取、Phase2では、毎日の消毒を開始してから検体を採取して多く分離された菌種はBacillus属で、ついでMicrococcus属が続きました。
Staphylococcus属はPhase1では多く分離されましたが、Phase2では少なくなり、検出されない菌種もありました。
Phase1では67%(20/30検体)から細菌が分離され、Phase2では60%(18/30検体)から細菌が分離されました。過去に消毒したことがあると答えた人であっても、消毒したことがない人と聴診器からの細菌培養率に差はありませんでした。
Phase2で検出された菌は、いずれも消毒前のダイヤフラムからで、70%イソプロピルアルコールで消毒した直後のダイヤフラムからは細菌は培養されませんでした。
表2:聴診器から分離された細菌(文献Table1より改変)
|
Phase1 分離菌種(%) |
Phase2 分離菌種(%) |
Bacillus sp. |
9(40) |
11(46) |
Micrococcus sp. |
3(12) |
6(25) |
Staphylococcus epidermidis |
4(15) |
2(8) |
Staphylococcus epidermidis(resistant) |
2(8) |
2(8) |
Staphylococcus pseudintermedius |
3(12) |
1(4) |
Staphylococcus hominis |
1(4) |
0 |
Staphylococcus hominis(resistant) |
1(4) |
0 |
Staphylococcus simulans |
1(4) |
0 |
Staphylococcus warneri |
1(4) |
0 |
Escherichia coli |
0 |
1(4) |
Escherichia coli(resistant) |
0 |
1(4) |
Enterococcus fascium |
1(4) |
0 |
Total |
26(100) |
24(100) |
論文著者の考察(ディスカッション)
毎日の消毒開始前と後で細菌の分離率に差はありませんでした。しかし、70%イソプロピルアルコールでダイヤフラム部分を洗浄した直後に細菌は分離されませんでした。聴診器を消毒しても新たに細菌が付着してしまうものの、消毒直後は衛生的に使用できると考えられます。
著者らは、病原体を保有していると思われる動物に聴診器を使用した直後に、免疫不全状態にある動物に聴診器を使用する場合、直前に消毒を実施することで、院内感染に有用であると考察しています。
細菌培養が陽性であった検体では、多くがその前の週に検出された菌種と異なる菌種が分離されたことから、聴診器上の細菌は定着してずっとそこにいるのではなく、一時的に留まっているものと推察されました。
Bacillus属とMicrococcus属の細菌が2週間以上連続して分離されましたが、菌種までは同定していないため、同じ菌種が継続していたかまでは不明でした。しかし、Bacillus属はアルコールに抵抗性のある芽胞を形成するため、同じ菌種である可能性もあります。Bacillus属が4回連続で検出された参加者に関しては、試験開始時に、既に聴診器上からBacillus属が検出されていたことと、消毒習慣が開始されたPhase2においても、聴診器の消毒を実施していなかったことも関連している可能性があると指摘しています。
今回分離されたBacillus属、Staphylococcus. epidermidis、 Micrococcus属、Staphylococcus pseudointermediusは犬猫の被毛や表皮からよく分離される菌種であり、診察を介して付着していると考えられます。
70%イソプロピルアルコールを用いて洗浄した期間であっても、消毒習慣開始前と比べて培養陽性率はありませんでした。一方で、消毒直後に細菌が分離された検体はありませんでした。これらの結果より、病原体を保有していると思われる動物の診察をするたびに消毒するのが理想的と考えらます。
Bacillus属やClostridium属が作る芽胞はアルコールに抵抗を示します。著者らは、今回聴診器を消毒した直後にBacillus属菌が検出されなかったのは、消毒をする際に物理的に除去されたからと考察しています。著者らは聴診器上にBacillus属など芽胞形成菌が存在すると思われる際はアルコールで拭き取るだけではなく、石鹸と流水を用いた洗浄を推奨しています。
本記事著者のコメント
今回ご紹介した研究では、聴診器には患者あるいは患畜由来の微生物が一定数検出され、院内感染の潜在的なリスクがあることが示唆されました。一方で、獣医師など聴診器の所有者に消毒の頻度は委ねられている現状が明らかになりました。動物を診察するたびに、聴診器を消毒することが理想ではありますが、忙しい臨床現場ではそれも難しいかもしれません。
感染リスクを低減するために、免疫不全状態に陥っている動物の診察前は消毒をしたり、ワクチン接種歴が不明であったり、感染症にかかった動物の診察後は消毒をするなどの工夫が重要と思われます。
同じ施設内でも、獣医師ごとに聴診器の消毒への考え方や実施状況は異なるので、聴診器の消毒頻度については院内マニュアルに追加してスタッフに周知・習慣化するのも良いかもしれません。
参考
・FUJITA, H.; HANSEN, B.; HANEL, R. Bacterial contamination of stethoscope chest pieces and the effect of daily cleaning. Journal of Veterinary Internal Medicine, 2013, 27.2: 354-358.
監修者プロフィール
獣医師
福地可奈
2014年酪農学園大学獣医学部卒業したのち、東京都の動物病院にて4年間勤務し犬や猫を中心とした診療業務に従事しました。現在大学院に在学しつつ、獣医師や一般の飼い主様に向けた動物の中毒情報を発信するなど臨床とは異なったアプローチで獣医療に貢献することを目標に活動しています。
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