9月 6, 2023
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おさらいしておきたいマダニの生態update、選ぶべき駆虫薬の特徴とは?

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マダニによって媒介される疾患(マダニ媒介性疾病、tick-borne disease、TBD)はペットだけでなく、人間も感染する多種多様な人獣共通感染症を含んでいます。

近年では、マダニが媒介する重症熱性血小板減少症候群(SFTS)やオズウイルス感染症(人で死亡例あり)などが国内でも発見されたことが注目されています。

 

マダニ媒介性疾病では、それぞれの病原体がマダニから人や動物に伝播するにはタイムラグがあることが知られています。

本記事では、最近報告されたマダニの新しい生態などについてご紹介します。マダニそのものに対する理解を深め、マダニ媒介性疾病の予防へ繋げていただければ幸いです。

 

※オズウイルス感染症とは?:オズウイルスはオルソミクスウイルス科トゴトウイルス属。2018年に日本でタカサゴキララマダニより分離同定され、人への感染の可能性が示唆されていたウイルスです。

 

2023年6月に国立感染症研究所所から世界初の人のオズウイルス感染症の致死症例が報告されました。ベクターとなるマダニは、関東より西の地域に広く分布するタカサゴキララマダニです。野生動物の血清抗体調査では、オズウイルスの感染歴があると想定されるニホンザル、ニホンイノシシ、ニホンジカが千葉県、岐阜県、三重県、和歌山県、山口県、大分県で確認されています。まだペットでの研究は進んでいないものの、野生動物が媒介する可能性のある疾患であることから獣医師も注視すべき感染症でしょう。

 


目次


 

マダニの動物への寄生方法

  • 従来言われていた動物への寄生方法

マダニはノミのようにジャンプして動物に寄生することができません。マダニの脚には動物や人が排出する二酸化炭素などを感知する器官があります。マダニは近づいてくる動物の排出する二酸化炭素を感知し、その動物に付着するため、バンザイするように脚を挙げて草先などで動物が来るのを待っています。

 

 

  • 新説:マダニは静電気の力で宿主に付着する?

多くの哺乳類、鳥類、爬虫類などの陸棲生物は静電気を蓄積しており、他の物体や生物の表面の静電気を帯びた物体と近づけると反発したり、引き合う性質があります(プラスに帯電しているかマイナスに帯電しているかによって変化する)。

 

本論文では、マダニの1種であるIxodes ricinusを用いて、動物が帯びている静電気がマダニを引き寄せるほどの強度があるかどうかモデルを構築して検証しています。最初に、ウサギの足やアクリル板を近づけ、マダニがそれらの物体の方向に数ミリから数センチ近づくことを確認しました。ウサギや人体はプラスに帯電しやすいですが、興味深いことに、この実験ではマダニはプラスに帯電しているもの、マイナスに帯電しているもの問わず、近づくことが確認されました。著者らは理由として誘導分極(dielectric polarization) もしくは電荷分離(charge separation )などによるのではないかと推察しています。

 

次に動物の鼻や尻尾、四肢の周囲に発生する電圧を模倣して750Vの電圧をかけると、75%のマダニが動物の持つ電圧を模した電極まで引き寄せられ、15%が途中まで引き寄せられました。鼻や尻尾や四肢はマダニが潜む草むらによく接する部分であり、マダニが動物の持つ静電気の力を利用して寄生していることが示唆されました。

 

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マダニの吸血ステージとマダニ媒介性感染症との関連について

  • マダニの吸血ステージ

マダニ科のダニは、幼ダニ・若ダニ・成ダニいずれの発育ステージにおいても数日から数週間、種類によっては1ヶ月程度吸血することもある長時間吸血型の吸血生物です。

 

マダニの吸血は

・吸血開始期(preparatory phase)

・成長期(growth phase)

・急速吸血(飽血)期(expansion phase)

に分けられます。

 

 

  • 国内で手に入る外部寄生虫駆除薬について

マダニが媒介する原虫は急速吸血(飽血)期に伝播することが確認されています。フロントラインなどの製剤では、48時間以内に体表のマダニを殺ダニすることでバベシア症などのダニ媒介性疾患を防ぐことができるとしており、それはこの急速吸血(飽血)期に伝播するのを防いでいるという意味になります。

 

マダニの吸血開始から伝播開始時間は下記のようになっています。

 

Table1 マダニの吸血開始からマダニ媒介性疾患伝播までの時間

今井壯一・板垣匡・藤﨑幸藏(編).2007.最新家畜寄生虫病学.朝倉書店)より作成

感染症

伝播開始時間
バベシア症 吸血開始後48時間以降
ライム病 吸血開始後48時間以降

 

しかし、ウイルス性のダニ媒介性疾患については未だ不明なところも多く、吸血開始期や成長期など、原虫によるダニ媒介性疾病よりも早いステージで病原体が伝播する可能性もあります。

 

近年になりSFTSやまだペットでの感染は確認されていませんがオズウイルス感染症のようなマダニ媒介性疾患が相次いで発見、人での感染が確認されている以上、ペットでもマダニの駆虫は飼い主様や獣医療スタッフ自身の健康を守るためにも重要です。まだ研究途上のウイルスに関してはマダニが吸血開始してから病原体の伝播が成立するまでの時間がはっきり確定していません。

 

 

Table2 本邦で販売されるマダニに効果のある駆虫薬
(一部、単剤が現在手に入らない製品を除き、できるだけ外部寄生虫のみの成分だけが配合されている製品を記載しています)

製品名

投与経路

成分名(マダニに対するもの)

駆虫までの時間

使用可能な時期

ネクスガード(Boehringer-ingelheim、日本全薬工業)

経口

(チュアブル) 

アフォキソラネル

マダニ:投与後12時間で100%駆除、ノミ:投与後30分で効果発現し始め、6時間以内に駆除を完了する。

8週齢〜

クレデリオ

(Elanco)

経口

錠剤、ビーフフレーバー)

ロチラネル(GABA-Cl受容体)

マダニ:4時間で効果を発現し始め、8時間で99%駆除。ノミ:4時間で89%駆除し、12時間で100

8週齢〜

フロントラインプラス(Boehringer-ingelheim、日本全薬工業)

経皮

スポットオン) 

フィプロニル、S-メトプレン

マダニ:48時間ノミ:24時間

8週齢〜

シンパリカ(zoetis)

経口

チュアブル)

サロラネル(ノミ・マダニのGABA受容体に結合し神経伝達阻害)

マダニ:投与後8時間で効果を発現、12時間までに99%殺滅、ノミ3時間に効果を発現し8時間までに100%殺滅

8週齢〜

フォートレオン

(Elanco)

経皮

スポットオン)

ペルメトリン(ノミ、付着前に効果を発揮。Naチャネル脱分極)、イミダクロプリド(ノミ、ニコチン性Achレセプターに作用し神経伝達阻害)

ピレスロイド系薬剤であり、猫は中毒を起こす可能性があります。

マダニ:皮膚への付着を制限し、吸血開始前に駆除する

7週齢〜

パノラミス

(Elanco)

経口
(錠剤)

スピノサド(ノミ・マダニのニコチン性Ach受容体を介した神経系の興奮)、ミルベマイシンオキシム(フィラリア、回虫、)

 

イベルメクチン様の症状を発現する可能性。

※1時間以内の嘔吐は再投与が推奨されている。

不明(吸血されて効果を発現するため、付着を防ぐことはできない)

14週齢〜

 

 

 

まとめ

近年は新しいマダニ媒介性疾患の報告が相次いでいます。こうした新しい病原体ではまだ感染環やマダニの体内での挙動がわかっていないことも多いです。従来はバベシア症などがペットにおける注意すべきダニ媒介性疾患としてありましたが、勃興してきた新たな感染症を考慮して駆虫薬を選ぶ必要があります。投与経路や機序もさまざまな駆虫薬が製薬会社から販売されていますが、それぞれにメリット・デメリットが存在します。

 

Table3 駆虫剤の投与経路・剤型ごとの特徴

 

メリット

デメリット

錠剤

飲み残しがないか確認しやすい

投与が難しいことがある

チュアブル

犬が喜んで食べるので投薬の負担が少ない

剤型が大きいこともあり、食べこぼしがある時もある

スポットオン

体内に吸収されない、薬を飲ませる必要がない

投与後しばらくはシャンプーの制限や同居動物がなめないように注意する必要がある

また、今後は新たな感染症対策として、できるだけマダニに付着される前に殺滅、あるいは付着されても短時間で殺滅できる機序の駆虫薬が望ましいと思われます。

 

駆虫薬の選択は有効成分の効果はもちろんのこと、飼い主様にとって投薬しやすいかどうかも重要な判断材料になるかと思います。先生方の病院の所在地の飼い主様の投薬への協力体制など複数の項目を鑑みて判断していく必要があるかと思います。本記事がその一助になりましたら幸いです。

 

 

参考

・オズウイルス感染症とは, 国立感染症研究所所, https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/12113-ozv.html (2023/08/04参照)

 

・ENGLAND, Sam J.; LIHOU, Katie; ROBERT, Daniel. Static electricity passively attracts ticks onto hosts. Current Biology, 2023, 33.14: 3041-3047. e4.

 

・高野愛. マダニの生態とマダニ媒介性感染症. 2015.

 

・今井壯一・板垣匡・藤﨑幸藏(編).2007.最新家 畜寄生虫病学.朝倉書店,東京

 

・ネクスガード, https://n-d-f.com/nexgard/

 

・クレデリオプラス, https://assets-au-01.kc-usercontent.com/f4b2750e-86b0-0291-1885-592a67143530/d8d0a01e-d9c5-4dc0-b3c6-544edbbccce2/CRD-P_製品パンフレット_210308%20%281%29.pdf

 

・フロントライン, https://n-d-f.com/forvet/pdf/FL/23FL_Oleaf.pdf

 

・シンパリカ, https://www.zoetis.jp/ca/dogs/simparica/vets/assets/pdf/pdf_02.pdf

 

・フォートレオン, https://my.elanco.com/jp/products/fortreon

 

 

・パノラミス, https://assets-au-01.kc-usercontent.com/f4b2750e-86b0-0291-1885-592a67143530/d9a2d3be-938a-450a-9ec1-3fe7ce7f9025/vet_panoramis02.pdf

 

・仲野 純章, 静電気概念の再整理 ― ものづくり実務を見据えて ―, 技術解説, https://www.tetras.uitec.jeed.go.jp/files/data/201904/20190404/20190404.pdf 2023/08/28参照

 

 

監修者プロフィール

獣医師 福地可奈先生のプロフィール写真

獣医師
福地可奈

2014年酪農学園大学獣医学部卒業したのち、東京都の動物病院にて4年間勤務し犬や猫を中心とした診療業務に従事しました。現在大学院に在学しつつ、獣医師や一般の飼い主様に向けた動物の中毒情報を発信するなど臨床とは異なったアプローチで獣医療に貢献することを目標に活動しています。

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