12月 27, 2023
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食べない猫をどうにかしたい~猫の味覚について~

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最近、著者の飼い猫もリンパ腫になってしまい、CHOPプロトコルで加療しています。以前にも増して食の好みが難しくなり、日々何とか食べさせようと苦心しています。
おそらく、先生方の病院にも、抗がん剤治療や慢性腎臓病のステージ後期など、さまざまな理由で「食べない猫」がおり、飼い主さんにアドバイスなどを行われていることと思います。

2023年1月に、猫の「うま味 」味覚に関する報告が出たため、ご紹介いたします。今後の飼い主さんへの食餌指導の助言に、お役に立てれば幸いです。


 


目次


 

猫に「うま味」受容体が必要な理由 

味覚は、摂食行動においても重要な要素であり、栄養素となるものを好んで食べるように進化してきました。進化の過程で、生存に必要なくなった味覚が失われたり、新たに味覚を獲得するケースもあります。
例えば、猫では食物から直接グルコースを摂取しないため、グルコースを知覚する甘味の必要性が低下し、現在では甘味を感じません。甘味受容体の欠損は肉食の動物で広く見られますが、パンダは竹を主食とするため、肉に含まれるタンパク質(アミノ酸)を知覚するうま味受容体をコードする遺伝子が欠損しています。

こうした味覚の変化は、生物の食生活に密接に関わっています。
味覚は、うま味、甘味、塩味、苦み、酸味 の5つが基本の味となっています。それぞれの味覚は食物に含まれる栄養素を知覚します。うま味はタンパク質(アミノ酸)を知覚します。

肉食性の強い猫では、グルコースを知覚する甘味受容体をコードするTAS1 R2遺伝子が欠損しています。食物からダイレクトにグルコースを得る代わりに、猫の肝臓では糖新生の酵素活性が常に高いレベルで維持されています。肝臓において、糖原性アミノ酸からグルコースを生成しているのが猫という生き物で、猫においては、糖原性アミノ酸を人や犬におけるグルコースのように主要なエネルギー源として扱っていると言えます。猫の糖原性アミノ酸には、ヒスチジン、イソロイシン、フェニルアラニン、バリン、グルタミン酸、アスパラギンなどが利用されます。

 

 

 味覚受容体について

味覚受容体は、下記の通りです。

味覚

知覚する栄養素

 味覚受容体名

備考

うま味

タンパク質(アミノ酸)

 TAS1R1/TAS1R3のヘテロ2量体(2つが合わさって、1つのうま味受容体として機能)

 

甘味

炭水化物

TAS1R2/TAS1R3のヘテロ2量体(2つが合わさって、1つの甘味受容体として機能)

鳥類はTAS1R2を欠損するため甘味を基本的には感じませんが、ハチドリは例外的にこのうま受容体を甘味に対する受容体として使用しています。

塩味

ナトリウムイオン

ENaC(上皮性アミロライド感受性Naチャネル)

 

苦味

毒物

 T2R 

 

酸味

不廃物

PKD 2L1, 1L3

 

辛味
基本の五つの味覚には含まれませんが、広義の味として含んでいます。

カプサイシン、酸や43度以上の熱で活性化。

TRPV1

鶏など鳥類ではカプサイシンを知覚しません。

 

 

 どんな研究?

エネルギー源となるアミノ酸を含むタンパク質を摂取することは、猫にとって、非常に重要です。そのため、タンパク質の源である肉を好むように猫は進化してきました。タンパク質を知覚する、うま味受容体は猫にとって最も重要な味覚受容体といえます。
ペットフードメーカーのロイヤルカナンの親会社であるマース社の関連研究所である働くスコット・マクグラン氏は、 猫の味覚におけるTAS1R1/TAS1R3の発現を検証するため、猫由来の細胞を使用した実験系と、猫を用いた味覚選択テストを実施しました。

TAS1R1/TAS1R3を発現した細胞を用い、複数のヌクレオチドに対する活性化をみた評価では、猫ではプリン系のヌクレオチドが、うま味受容体のアゴニストであり、特にl-アラニンを組み合わせた際に、反応が強化されました。

味覚選択テストでは、猫が特定の物質を好むかどうか試験され、アミノ酸の中では、Lーヒスチジンが最も高い嗜好性を示しました。アミノ酸は、うま味受容体のエンハンサーとして働き、特にヒスチジンを好むことが明らかになりました。

 

 どんなものにヒスチジンは多く含まれるか?

ヒスチジンはマグロ、カツオ、ブリ、サバ、サンマ、イワシ、アジ、サワラなどに高濃度に含まれます。投薬が必要であったり、さまざまな理由で消耗している個体には、こうした魚の身を茹でて与えたり、茹で汁などが利用できるかもしれません。

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 注意すべきこと

魚肉に含まれるヒスチジンは、ヒスタミンの前駆物質でもあります。常温で保存された魚肉は細菌が繁殖しやすくなります。繁殖したヒスタミン産生菌(Morganella morganii, Klebisiella oxytoca, Hafnia alveiなど)が魚肉中のヒスチジンを代謝してヒスタミンを生成します。細菌が繁殖してヒスタミンが増えた魚肉を犬や猫が食することで、ヒスタミンによる様々な有害な生体反応が生じます。

腐ったマグロを経口摂取した犬では、ヒスタミンによると思われる嘔吐が誘発され、低血圧に陥る可能性も示唆されています。
猫においては、実験的に十二指腸にヒスタミンを投与することで、胃液や酸性度の増加、ヘマトクリット値の高値などが見られたと報告されています。臨床症状について記載された文献はあまりありませんが、犬などと同様に嘔吐や食欲不振、下痢などが見られると考えられます。

ヒスタミン食中毒に対する治療 は、抗ヒスタミン薬であるジフェンヒドラミンやクロルフェニラミンなどのH1受容体拮抗薬が、一般的には用いられますが、 シメチジンなどのH2受容体拮抗薬も効果的な場合があります。ペットにおける薬物選択のガイドラインはまだ整備されておらず、獣医師の裁量に任されています。人間では、H1受容体拮抗薬は毛細血管や気管支、腸管平滑筋に発現するためアレルギー薬として使用され、H2受容体拮抗薬は胃など消化器に発現することから胃潰瘍に対する薬として使用されます。病院に備蓄している薬剤や、個々の状態に応じて使用することが重要となります。ただし、軽度の場合には薬物療法が必要ない場合もあります。

 

 

 安全に、ヒスチジンの含まれる魚肉やソーセージを猫に与えるために

保管する温度について、複数の研究において10度〜0度以下で保存された時のヒスタミン生成はわずかと報告されています。
0度以下の保管が望ましいですが、難しい場合は10度以下を守ることが重要です。

ヒスタミンは加熱しても壊れにくく、調理の過程で取り除くことが難しいので、傷んでいる魚の身はペットに食べさせないことが重要です。ちなみに、魚の内臓にはチアミンを分解するチアミナーゼが含まれているので、生の内臓も与えないようにします。

 

 

おわりに

療法食の中では、ロイヤルカナンのものは嗜好性が高いという世間話を同僚としたことがありますが、本研究を行ったマース社のウォルサム ペットケア科学研究所は2005年頃からペットの味覚遺伝子の研究などを実施し、甘味を感知しないことなどの発見をしています。ペットフードでは嗜好性も重要になるため、こうした味覚に関する研究が、ペットフード開発やチュアブル製剤の開発に活かされているのかもしれません。

こうした情報が、今後の飼い主さんへの栄養指導のお役に立てますと幸いです。

 

 

参考

・McGrane SJ, Gibbs M, Hernangomez de Alvaro C, Dunlop N, Winnig M, Klebansky B, Waller D. Umami taste perception and preferences of the domestic cat (Felis catus), an obligate carnivore. Chem Senses. 2023 Jan 1;48:bjad026. doi: 10.1093/chemse/bjad026. PMID: 37551788; PMCID: PMC10468298.

・明らかになってきた舌で甘さを感じるしくみ, https://www.alic.go.jp/joho-s/joho07_001042.html 

・川端二功, et al. 動物の味覚受容体. ペット栄養学会誌, 2014, 17.2: 96-101.

・TAYLOR, Steve L.; EITENMILLER, Ronald R. Histamine food poisoning: toxicology and clinical aspects. CRC Critical Reviews in Toxicology, 1986, 17.2: 91-128.

・ヒスタミンによる食中毒について,厚生労働省, https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000130677.html 2023/04/22参照

・神吉政史, et al. 赤身魚およびその加工品からのヒスタミン生成菌の検出. 日本食品微生物学会雑誌, 2000, 17.3: 195-199.

・魚に起因するヒスタミン中毒, 公益社団法人、日本中毒情報センター , 医師向け中毒情報 概要
 

 

 

監修者プロフィール

獣医師 福地可奈先生のプロフィール写真

獣医師
福地可奈

2014年酪農学園大学獣医学部卒業したのち、東京都の動物病院にて4年間勤務し犬や猫を中心とした診療業務に従事しました。現在大学院に在学しつつ、獣医師や一般の飼い主様に向けた動物の中毒情報を発信するなど臨床とは異なったアプローチで獣医療に貢献することを目標に活動しています。

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