1月 31, 2024
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ボタン電池誤飲の応急処置に!○○で粘膜保護の可能性

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2015年に公益財団法人日本中毒情報センターが10年間に犬の中毒に関する動物病院からの相談事例1,623件を分析したところ、半数近くを家庭用品が占め、全ての家庭用品の中で電池は3%ほど含まれていたと報告されています。  

電池は、犬や猫などペットが人と生活する空間に電化製品の動力源として広く使われており、家庭内で電池を交換する機会も多く、ペットが接触する可能性が高いものです。


 


目次


 

アルカリ乾電池の危険性 

水酸化カリウム(potassium hydroxide )や水酸化ナトリウム(sodium hydroxide )などを含んでいます。これらが組織に壊死を起こし、深い潰瘍を形成します。

また、電池が通過する部分に電流が流れることで壊死が起きます。

電池によっては水銀、亜鉛、コバルト、鉛、ニッケル、カドミウムなどの重金属を含んでおり、電池が2~3日以上体外に出ず消化管に残っていると、稀ではありますが、重金属中毒を起こす可能性があります。

 

ボタン電池

リチウムボタン電池は最も危険で,3Vの電池1個で15~30分以内に消化管や食道が激しく壊死する可能性があると報告されています。ボタン型リチウム電池には水酸化カリウムや水酸化ナトリウムは含まれていませんが、接触した部分に電気が流れ、消化管液や電解質液が電気分解され,生成されたアルカリが組織を壊死させているという仮説がなされています。

 

 

 飼い主が家でできる応急処置がある?

ボタン電池の誤飲は、ペットだけでなく乳幼児にも頻繁に起きるようで、アメリカで起きた死亡や重症の電池誤飲事故の原因の90%は3Vのリチウム電池だったとされています。これに対し、アメリカのフィラデルフィアの小児科グループは、乳幼児の食道損傷モデル(豚食道)を作出し、ハチミツを用いた応急処置の研究を行いました。

ボタン電池は接する粘膜に強アルカリ液を産生し、短時間のうちに化学熱傷を引き起こします。この実験は、誤飲してから医療機関を受診し処置を受けるまでの間の応急処置として有用な物質を同定するため、実施されました。

 

研究概要
表1 研究の内容

場所

Children’s Hospital of Philadelphia (USA)

目的

誤飲を目撃した、その可能性が高い時に食道損傷の発生率を低下させる

モデル

子豚(体重10~11kg)

食道損傷モデルの作出

麻酔下でリチウム電池の陽極面を食道に設置、生理食塩水の灌流を行い、60分静置。覚醒後から7日間ドッグフードや野菜、果物を与えた

pHと電圧の測定

ボタン電池の設置前と除去後に食道粘膜のpHと電池の電圧を測定した

食道損傷の検索

電池設置・除去後7日目に安楽殺し、剖検

pHの中和のために用いられたもの

ピュアクローバーハチミツ、スクラルファート(製品名Carafate 1g/10ml)、アップルジュースやメープルシロップを10分おきに投与

死体の食道を用いた組織障害実験

 子豚の生体を用いた実験では7日後に組織を比較していましたが、死体の食道を用いた実験ではボタン電池を設置し、各物質投与直後の組織も検証しています

 

結果

表2 ボタン電池の中和に有効だった物質(idealが有効なもの)  

(文献pH‐neutralizing esophageal irrigations as a novel mitigation strategy for button battery injury.)より

 

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ボタン電池が接する粘膜面は、強いアルカリ性に傾きます。なるべく組織面のpHが中性〜酸性に保つものが有効と解釈できます。

また、死体の食道粘膜を用いて、ボタン電池設置直後の組織損傷を比較した結果でも、対照群と比較するとスクラルファートに次いで、ハチミツでは損傷の程度が軽度でした。

この結果より、ハチミツは産地に関わらず、組織のpHを中和する効果があることがわかりました。粘膜保護剤であるスクラルファート(Carafate)、アップルジュースやオレンジジュースは限局的な効果、ゲータレードなどのスポーツドリンクやメープルシロップは効果がない(no benefit)ことがわかりました。また、対照群(生理食塩水)では半数が遅発性の食道穿孔を起こしたものの、ハチミツとスクラルファート投与群では起こりませんでした。剖検後の病理組織検査では、ハチミツとスクラルファート投与群双方で、肉芽組織の深さや破壊された粘膜筋層など複数の項目で全て対照群より軽度であり、組織学的にも保護効果が認められました。

 

図1  ボタン電池を設置した食道(ブタ死体)に生理食塩水・ハチミツ・スクラルファートを流した際の組織損傷

(文献pH‐neutralizing esophageal irrigations as a novel mitigation strategy for button battery injury.)より

まとめ

本試験では、家庭に常備されることの多い食品や飲料品を用いて、ボタン電池誤飲に対する応急処置として適切なものを検証したところ、ハチミツが粘膜保護剤であるスクラルファート同様、粘膜の保護効果が認められることがわかりました。ハチミツは弱酸性で、他の製品より粘度が高いため損傷部位にとどまり、物理的バリアとして働くとともに、ボタン電池漏出液によるアルカリ化を防いでいると考えられます。

 

 

誤飲したらどのくらいの間隔でハチミツを与えたらいいの?

この研究では、まだ適切な量や間隔には議論の余地があるとしつつも、小児においては、10分おきにティースプーン2杯程度(10ml)与えることを提案しています。 犬や猫においては、体格に応じて適宜増減する必要があると考えられます。また、ネコでは甘みを感知しないので、進んで摂取するかどうかは未知数ですが、今後の検証が必要です。

注意事項として、ハチミツには芽胞菌であるボツリヌス菌が含まれる恐れがあり、人間でも1歳になるまではハチミツを与えないようにと推奨されています。犬においても、子犬や免疫機能の低下した犬には避けた方が良いかもしれません。どのような犬や猫に適応できるかは、今後の研究が待たれます。

 

 

 

参考

・ANFANG, Rachel R., et al. pH‐neutralizing esophageal irrigations as a novel mitigation strategy for button battery injury. The Laryngoscope, 2019, 129.1: 49-57.

・LEE, Justine A. TOP 15 POISONS AFFECTING DOGS AND CATS TOXICOLOGY.

・武田 光志, 荒井 裕一朗, 長井 友子, 安原 一, 山下 衛, コイン型リチウム電池によるイヌの食道壊死に対する黒鉛生食懸濁液による緊急処置効果, 昭和医学会雑誌, 2006, 66 巻, 1 号, p. 12-21, 公開日 2010/09/09, Online ISSN 2185-0976, Print ISSN 0037-4342, https://doi.org/10.14930/jsma1939.66.12, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsma1939/66/1/66_1_12/_article/-char/ja

・SAMAD, Lubna; ALI, Mohsin; RAMZI, Hasan. Button battery ingestion: hazards of esophageal impaction. Journal of pediatric surgery, 1999, 34.10: 1527-1531.

・日児誌2009年8月号(113:1293-1294)https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/injuryalert/0013.pdf 2023/01/26参照

・イヌの中毒事故を防ぐために 日本中毒情報センター 2023/01/26参照

 

 

 

監修者プロフィール

獣医師 福地可奈先生のプロフィール写真

獣医師
福地可奈

2014年酪農学園大学獣医学部卒業したのち、東京都の動物病院にて4年間勤務し犬や猫を中心とした診療業務に従事しました。現在大学院に在学しつつ、獣医師や一般の飼い主様に向けた動物の中毒情報を発信するなど臨床とは異なったアプローチで獣医療に貢献することを目標に活動しています。

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