近年では、猫の飼育頭数は増加傾向にあり、猫についての書籍や情報を目にする機会も増えました。それに伴い、飼い主さんの猫に中毒を起こす物質についての意識も向上してきたように思われます。
診察の中でも飼育環境に言及した時に、そうした話題が出るかもしれません。
今回は特に猫で毒性の高いα-リポ酸やミノキシジルについてご紹介します。どちらも猫で毒性が高いものの、犬においても重篤な中毒例があることから注意が必要です。
目次
α-リポ酸について
α-リポ酸は体内でSH基を持つジヒドロリポ酸に変換され、細胞内のミトコンドリアにおいて、エネルギー産生の 補酵素として働くビタミン様物質です。抗酸化作用があり、糖尿病による神経障害やアルツハイマー病、肥満などで投与試験が実施されています。医療用およびOTC医薬品としては、チオクト酸として知られており、肉体疲労時や亜急性壊死性脊髄炎、アミノグリコシド系抗菌薬や職業性内耳性難聴を適応として販売されています。
サプリメントとしては、痩身効果を目的に販売されています。一時期、猫に毒性があると話題になり、現在では、製品説明に”動物には毒性があるため摂取させないようにしましょう”と記載がされているものもあります。
α-リポ酸(alpha-lipoic acid, ALA)は医薬品としても流通しており、チオクト酸(Thioctic acid、注射薬)、チオクト酸アミド(Thioctic acid amide、経口)とした名前でも知られています。
サプリメントとしては、α-リポ酸として流通しています。
α-リポ酸の中毒について
猫では犬の10倍感受性が高く、猫における単回経口投与の最大耐用量(MTD)は13mg/kgで、これを超える摂取は中毒を発現する可能性があります。30mg/kgのα-リポ酸の投与で、猫の肝臓に病理組織学的な変化を認めています。
一方、犬におけるMTDは126mg/kgと報告されています。国内で手に入るα-リポ酸は、1粒のサプリメントに 200~300mg含まれていることが多く、体が小さい個体では、1粒の摂取でも中毒を起こす可能性があります。
α-リポ酸の中毒の治療について
解毒剤はありません。対症療法が中心となります。米国動物虐待防止協会(ASPCA)毒物管理センターは、α-リポ酸を猫では45mg/kg、犬では450mg/kg以上摂取したおそれがある際に、摂取後1時間以内に除染処置を行うことが推奨されています。犬の症例では活性炭の投与、デキストロースを含む輸液などが実施されていました。
ミノキシジルについて
ミノキシジルは元々降圧剤として開発されました。後に、副作用である多毛作用が注目され、現在は、発毛剤としての利用が主となっています。降圧剤ということで、過量摂取すると人でも中毒を起こします。自殺企図での症例報告も散見されます。
経口摂取では、高血圧治療に使用されますが、外用でも体内に吸収されるので注意が必要です。
ミノキシジルの中毒について
犬と猫の両方で、低血圧、頻脈、頻呼吸、食欲不振、嘔吐、無気力、神経学的異常、腎機能障害、電解質異常など多岐にわたる症状が見られます。血管拡張作用に伴って、心筋酸素消費量が増加します。さらに、冠動脈の拡張や毛細血管が破綻することで心筋の機能に障害が生じ、うっ血性心不全などの症状を呈します。
具体的な中毒量は犬猫双方不明ですが、猫ではミノキシジルの代謝に必要なグルクロン酸抱合能が低いため、少量で中毒を起こすリスクが高いです。
数滴舐める程度の暴露でも中毒を起こすことがあります。
ミノキシジル中毒の治療について
解毒剤はなく、対症療法が中心となります。頻呼吸や胸水の貯留が認められた猫の症例では、酸素室にて利尿剤や昇圧剤の使用をした報告があります。ミノキシジルは脂溶性が高い物質であることから、猫の症例では脂肪乳剤を投与した除染も行われています。
まとめ
α-リポ酸、ミノキシジル共に、猫に感受性が高く、特に注意すべきですが、α-リポ酸では死亡例も報告されています。ミノキシジルについては、Facebookの獣医師グループ「ANIMAL Emergency Room(動物の救急救命室)」に投稿したところ、ミノキシジル中毒が疑われる重篤な犬の症例について、コメントいただいた先生もいらっしゃいます。 犬であっても、国内で手に入る薬剤で中毒を起こし、死に至るケースがあることを覚えておくと良いかもしれません。
ミノキシジルは薬液がかかったティッシュなどを誤飲してしまう可能性もあり、未使用の段階でペットが開けてしまわないように保管場所に気をつけることはもちろん、廃棄する際も蓋つきのゴミ箱を使う、これらの薬剤を使用する場所(洗面台など)にはペットが立ち入らないようにドアを閉めるなどの工夫が必要と思われます。
猫の飼い主さんとコミュニケーションする際はもちろん、犬の飼い主さんにも人用のサプリメントや、薬は厳重に管理するようにお伝えする ことで予防につながると考えられます。獣医師にとっては一般常識の中毒物質であっても、飼い主さんが知らないケースも散見されます。ネットにはペットの中毒情報も多く存在しますが、かかりつけの動物病院からの情報の方が信頼できると思いますので、病院側から情報発信をするなどの啓蒙も有効でしょう。
■α-リポ酸の参考文献
・Hill, A., Werner, J., Rogers, Q., O'Neill, S., & Christopher, M. (2004). Lipoic acid is 10 times more toxic in cats than reported in humans, dogs or rats.. Journal of animal physiology and animal nutrition, 88 3-4, 150-6 . https://doi.org/10.1111/J.1439-0396.2003.00472.X
・LOFTIN, Erika G.; HEROLD, Lee V. Therapy and outcome of suspected alpha lipoic acid toxicity in two dogs. Journal of Veterinary Emergency and Critical Care, 2009, 19.5: 501-506.
・Carpenter MM, Hovda LR. Alpha lipoic acid toxicosis in cats (2008-2016): Four cases. J Vet Emerg Crit Care (San Antonio). 2022 Mar;32(2):249-253. doi: 10.1111/vec.13142. Epub 2022 Feb 8. PMID: 35133067.
・α-リポ酸(チオクト酸)を含む「健康食品」について, 厚生労働省,平成22年4月23日, https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/hokenkinou/dl/37.pdf
・国立健康・栄養研究所, 「健康食品」の素材情報データベース, αリポ酸, https://www.nibiohn.go.jp/eiken/info/pdf/k063.pdf
・KEGG; チオクト酸アミド, https://www.kegg.jp/entry/D00048+-ja
・北海道薬剤師会, α-リポ酸, http://www.doyaku.or.jp/guidance/data/22.pdf
■ミノキシジルの参考文献
・高橋哲也; 武居哲洋; 伊藤敏孝. 症例報告 ミノキシジル中毒の 1 例. The Japanese journal of clinical toxicology= 中毒研究: 日本中毒学会機関誌/日本中毒学会 編, 2014,
・Tater KC, Gwaltney-Brant S, Wismer T. Topical Minoxidil Exposures and Toxicoses in Dogs and Cats: 211 Cases (2001-2019). J Am Anim Hosp Assoc. 2021 Sep 1;57(5):225-231. doi: 10.5326/JAAHA-MS-7154. PMID: 34370845.
・OHNSON, Tyler E., et al. Successful management of minoxidil 5% toxicosis in 2 cats from the same household. Journal of Veterinary Emergency and Critical Care, 2023, 33.4: 454-459.
監修者プロフィール
獣医師
福地可奈
2014年酪農学園大学獣医学部卒業したのち、東京都の動物病院にて4年間勤務し犬や猫を中心とした診療業務に従事しました。
2024年3月末、東邦大学大学院医学部博士課程の単位取得。春からは製薬企業に勤務しつつ、学位取得要件である博士論文の提出を目指して活動しております。
獣医師や一般の飼い主様に向けた動物の中毒情報を発信するなど、臨床とは異なったアプローチで獣医療に貢献することを目標に活動しています。
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