1963年に猫伝染性腹膜炎(FIP)の報告がされて以降 、FIPは猫にとって致死のウイルス感染症でした。
しかし、2019年に核酸アナログであるGS-441524がFIPに有効であるという報告がなされました。GS-441524のプロドラッグであるのがレムデシビル(GS-5734)で、細胞透過性や活性代謝物に変換される速度などの点で、GS-441524を上回ります。GS-441524とレムデシビルのライセンスは製薬企業のギリアド・サイエンシズ社が保有しています。
目次
FIPの治療として問題となっていたことは?
厚労省は、レムデシビルを2020年にCOVID-19の治療薬として特例承認をしたことで話題になりましたが、ギリアド社は本製品の動物用医薬品化については言及していません。そのため、米国と日本を含む大半の国では、合法的にGS-441524は動物用医薬品としては、製造販売されていません。
しかし、需要が非常に大きかったことから、ソーシャルメディア上などで”FIP Warriors”などのグループが作られ、その中でやりとりされる動きがありました。この中で未承認のGS-441524が含まれた製品が市場にサプリメント等として流通している現状があります。これらは薬品ではない枠で取り扱われるため、製造工程や品質について不明な部分も多く、問題視されていました。
これらの製品中の有効成分について、質量分析を用いて分析した論文が2024年2月に報告されましたので、ご紹介します。
論文について
<対象製品>
FDAの承認を受けておらず、米国内で合法的に入手可能ではない製品を評価。2022年の10月から12月の間にオハイオ州立大学に寄付された(事業者から直接入手していない)製品を利用。
<サンプル数>
合計127サンプル:87注射用製品と、40経口剤(錠剤・カプセル)が寄付されました。各製品の製造国は下記の表1のとおりです。
<解析>
液体クロマトグラフィー/ 質量分析法により、有効成分(GS-441524ならびにレムデシビル)含有量、pHを測定。各製品に含まれる有効成分予想量を各業者の公表データから計算し、予想量と実測定量を比較。
表1 実験に用いられた未承認レムデシビル・GS-441524製剤の製造国 |
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製造国 |
割合(%) |
サンプル数(個) |
中国 |
69% |
88 |
米国 |
14% |
18 |
カナダ |
10% |
13 |
マレーシア |
4% |
5 |
ポーランド |
1% |
1 |
製造国不明 |
2% |
2 |
結果
●注射製品
各製品のブランド名は頻繁に変更されています。MutianとXraphconnは同じ製造業者により製造されています。
87個の注射剤のうち、83サンプル(95%)では、表記されている濃度より高濃度のGS-441524を含んでいました。高濃度の場合は平均で39%高く、4サンプル(5%)では低濃度のGS-441524が含まれており、平均で18%低いという結果になりました。低濃度のGS-441524を製造していたサンプルの業者はCureFIP、Mutian、Petronium、Freecatでした。FDAでは、医薬品の製造プロセスでは有効成分の95~105%を含むという規定を設けており、無認可GS-441524製品ではこの基準範囲内にあったのは2サンプルのみでした。
●経口製品
実験で用いた代表製品のGS-441524の含有量表記と実測値を表 2に示します。
40サンプルのうち、17製品(43%)が高濃度のGS-441524を含んでおり、平均では75%も高い濃度でした。23製品(58%)では低濃度の含有量で、平均39%ほど低い濃度でした。先ほどのFDAの基準にあてはめると、3製品のみが合致するクオリティとなっています。Mutianにより製造されたMutian 100、Mutian200、Xraphconn 50、Xraphconn 100は含有量が90.5~326%も高いという結果になりました。
また、CureFIP 2.4~4kgではラベルに表記された含有量よりも8割も低濃度の含有量でした。そのほか少ない含有量であったブランドはMeadow 24mg、Meadow48mgでした。同じブランド間でも含有量のバラツキには差があり、Meadow12mgでは高濃度のGS-441524が含まれていました。
表2 実験に用いられた製品およびGS-441524の含有量表記と実測値(一部抜粋、詳細は元論文を参照ください) |
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製品名 |
表記されていた量(mg/pill) |
実測値(mg/pill) |
差(%) |
Aura 24h/2kg |
20 |
14.2 |
-29.3 |
Brava 5mg |
10 |
3.9 |
-60.6 |
Capella 1kg |
10 |
14.9±3.9 |
48.5 |
Cure FIP 2.5-4kg |
75 |
13.7 |
-81.8 |
Lucky 4kg |
40 |
15.0 |
-62.5 |
Meadow 12mg |
12 |
20.5 |
70.8 |
Mutian 100mg |
10 |
19.9±7.9 |
99 |
Mutian Xraphconn 100mg |
10 |
42.6 |
326 |
Ocean 7.5mg |
15 |
6.2 |
-58.5 |
Panda 1kg |
10 |
18.9 |
89 |
Phoenix Blue 1kg |
10 |
11.1±0.1 |
11 |
Phoenix Red 1kg |
10 |
10.5 |
4.5 |
Rose 2.5mg |
5 |
3.7 |
-27 |
Valor 8mg |
16 |
11.6 |
-27.3 |
●レムデシビル
レムデシビルはMutian M3、また製造業者からは公表されていませんが、 Panda1kgとPanda2kgにも含まれていました。
●pH
注射用製品のpHは各製造業者が公表している値と合致しないことが多く、平均pHは1.30±0.15と非常に低いものでした。皮下注射の組織刺激を最小にするため、通常は生理的pHに近い弱酸性に近い値を取られることが多いので、酸性に偏ったこれらの製品では猫に刺激があると考えられます。
まとめ
2021年からは、英国BOVA UK社からGS-441524の経口剤ならびにレムデシビルの注射薬が手に入るようになりました。BOVA UK社は、英国Veterinary Medicines Directorateが製造認可を受け、販売し獣医師のみが購入可能となっています。英国では、BOVA UK社のGS-441524とレムデシビルは、動物用医薬品と同等として扱われています。現在は、これらの製品を用いた治療プロトコル(ISFM Protocol)が考えられ、治療実績が重ねられています。
日本ではBOVA UK社の製品を含め、動物用医薬品としてのレムデシビルやGS-441524は流通していないので、個人で輸入をして用いることになります。まだ気軽に購入できるとは言い難い状況なので、日本でも製薬企業やメーカーを介してアクセスしやすくなることが望まれます。
参考
・藤田泰久. レムデシビルの開発の経緯と臨床成績. 日本薬理学雑誌, 2022, 157.1: 31-37.
・Kent AM, Guan S, Jacque N, Novicoff W, Evans SJM. Unlicensed antiviral products used for the at-home treatment of feline infectious peritonitis contain GS-441524 at significantly different amounts than advertised. J Am Vet Med Assoc. 2024 Feb 7:1-9. doi: 10.2460/javma.23.08.0466. Epub ahead of print. PMID: 38324994.
・Pedersen NC, Perron M, Bannasch M, Montgomery E, Murakami E, Liepnieks M, Liu H. Efficacy and safety of the nucleoside analog GS-441524 for treatment of cats with naturally occurring feline infectious peritonitis. J Feline Med Surg. 2019 Apr;21(4):271-281. doi: 10.1177/1098612X19825701. Epub 2019 Feb 13. PMID: 30755068; PMCID: PMC6435921.
・ISFM protocol, https://forum.icatcare.org/blogs/yaiza-gomez-mejias/2021/11/26/isfm-protocol-an-update-on-a-treatment-of-feline-i
皮下輸液のpH 参考下記
・https://www.jspm.ne.jp/files/guideline/glhyd_2013/02_07.pdf
・https://www.otsukakj.jp/med_nutrition/qa/dikj/product/000271.php
・https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00049709.pdf
監修者プロフィール
獣医師
福地可奈
2014年酪農学園大学獣医学部卒業したのち、東京都の動物病院にて4年間勤務し犬や猫を中心とした診療業務に従事しました。現在大学院に在学しつつ、獣医師や一般の飼い主様に向けた動物の中毒情報を発信するなど臨床とは異なったアプローチで獣医療に貢献することを目標に活動しています。
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