以前、ボタン電池の誤飲時には応急処置として、ハチミツを摂取させることで粘膜の損傷を保護する効果が見られるという論文をご紹介しました。
(参考)ボタン電池誤飲の応急処置に!○○で粘膜保護の可能性
元論文は2019年に出されたものでしたが、2024年にさらに発展させた研究が発表されたのでご紹介します。
目次
ボタン電池の危険性についておさらい
ボタン電池の中でも、特にリチウムボタン電池は最も危険とされています。
3Vの電池1個が誤飲された場合、15~30分以内に消化管や食道が激しく壊死し、最悪の場合、食道穿孔することもあります。
ボタン型リチウム電池には水酸化カリウムや水酸化ナトリウムは含まれていませんが、電池が接触した部分に電気が流れ、消化管液や電解質液が電気分解され、生成されたアルカリが組織を壊死させると考えられます。2019年の研究では、ボタン電池によるアルカリ化が引き起こす潰瘍の広さや深さを軽減させる働きがスクラルファートとハチミツが同程度に見られました。ハチミツはアレルギーがある個体や、乳児ボツリヌス症のリスクがある幼若な個体では使用が推奨されておらず、応急処置として使えない場合があります。
そこで、他の日用品による応急処置の可能性を模索するため、2024年に出された論文では、ハチミツの他にジャム、コカ・コーラ、オレンジジュース、牛乳、ヨーグルトなどを使用して、ボタン電池による粘膜の損傷の保護効果を検証しました。
方法
ブタの死体から入手した食道を用いて、切り開いた状態で実施した実験(実験①)と、筒状のまま切り開かずに行った実験(実験②)が実施されました。
実験①
3VのCR2032ボタン電池を切り開いた食道の粘膜に配置し、生理食塩水、ハチミツ、ジャム、オレンジジュース、ヨーグルト、牛乳、コカ・コーラを10分ごとに計6回投与しました。
粘膜のpHを10分ごとに測定し、2時間後に潰瘍の大きさを評価しました。
実験②
実際の誤飲を模倣するため、食道を切り開かずにボタン電池を挿入し、損傷の程度を確認しました。シリンジを用いてハチミツ、ジャム、生理食塩水(対照)を10分ごと10ml灌流し、これを6回実施しました。
評価項目として、ボタン電池の接触する粘膜面のpHの変化、ボタン電池の残存電圧、組織学的損傷の深さを測定しました。
結果
実験①
ハチミツとジャムは、生理食塩水と比較して、ボタン電池と120分反応させた後の部位のpHを有意に低下させました(生理食塩水(対照):平均pH 11.9 ハチミツ:平均pH 8.0、ジャム:平均pH 7.1)。
潰瘍面積は、ハチミツ(平均0.24 cm²)とジャム(平均0.37 cm²)が生理食塩水(平均3.90 cm²)よりも小さい結果を示しました。
コカ・コーラやオレンジジュース、牛乳やヨーグルトは際立った保護効果を示すことができませんでした。
実験②
ハチミツとジャムはpHを有意に低下させました。ハチミツ処置群は、組織学的損傷が最小限で、ジャム処置群も類似した結果でしたが、ジャムの種類により結果にはばらつきが見られました。
表1 ジャムの種類ごとのpHの中和結果 | |||
Jam Type |
ジャムの製品ごとの pH |
食道に120分設置した後の pH(平均値) |
標準偏差 (SD) |
Cottee's Strawberry(ストロベリー) |
3.2 |
9.4 |
0.6 |
Coles Raspberry(ラズベリー) |
3.2 |
6.6 |
1.0 |
Rose's Strawberry Conserve(ストロベリー、保存用) |
3.3 |
6.0 |
0.6 |
St. Dalfour Apricot(アプリコット) |
3.5 |
6.3 |
1.1 |
結論
ハチミツとジャムは、ボタン電池を誤飲した際の応急処置として有用な可能性が示されました。2019年と2024年の研究双方で高い保護効果を示したハチミツが応急処置としてまずは推奨されます。National Capital Poison Centerのボタン電池誤飲ガイドラインにおいても、ハチミツが推奨されています。ただし、ハチミツがなかったり、月齢やアレルギーのためにハチミツが使えない個体では、今回の論文で有効性が明かになったジャムが次善の応急処置として有効な可能性があります。
効果が高いジャムの特徴として、最初の段階で酸性度が高いことと、粘度が高いということが挙げられます。特に、果実片の小さいジャムが適しており、ラズベリーや保存食タイプのイチゴジャムが有用であることが示されています。イチゴジャムも通常タイプと保存食タイプが用いられましたが、結果には差が出ました。効果の高い保存食タイプのジャム(conserve)は、通常のジャムより果物の含有量が高く、果物そのものの風味や酸味が際立つ製品とされています。
今回の研究では用いられていませんが、レモンやグレープフルーツも酸性度が高いので、応急処置として利用できる可能性があります。
ハチミツやジャムは、飼い主さんが動物病院を受診するまでの間や、動物病院では摘出のための準備をしている間に投与するという使い方もできるかもしれません。
ハチミツとジャムの投与方法(ブタの食道モデルに基づいており、犬に応用する場合は体格を考慮する必要があります)
・ハチミツ:10mlを10分ごと最大6回投与
・ジャム:10mlを10分ごと最大6回投与
ジャムは、果実使用量が多いですが、果実片が小さく加工されたイチゴ、ラズベリー、アプリコットジャムに関するデータがあります。
■参考
・ANFANG, Rachel R., et al. pH‐neutralizing esophageal irrigations as a novel mitigation strategy for button battery injury. The Laryngoscope, 2019, 129.1: 49-57.
・CHIEW, Angela L., et al. Home therapies to neutralize button battery injury in a porcine esophageal model. Annals of Emergency Medicine, 2024, 83.4: 351-359.
・Poison Control Button Battery Ingestion Triage and Treatment Guideline https://www.poison.org/battery/guideline
監修者プロフィール
獣医師
福地可奈
2014年酪農学園大学獣医学部卒業したのち、東京都の動物病院にて4年間勤務し犬や猫を中心とした診療業務に従事しました。
2024年3月末、東邦大学大学院医学部博士課程の満期単位取得。学位取得要件である博士論文の提出を目指して活動しております。現在は、製薬関連企業に勤務しつつ、非常勤でマイクロチップ装着の業務も開始し、臨床に復帰する準備も徐々に進めています。
獣医師や一般の飼い主様に向けた動物の中毒情報を発信するなど、臨床とは異なったアプローチで獣医療に貢献することを目標に活動しています。
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