SFTSウイルスはマダニから動物に感染するだけでなく、SFTSに感染したネコやイヌなどのペットからヒトに感染する可能性のある人獣感染症です。
特に体調の悪いペットと接する機会の多い獣医師や獣医療スタッフでは感染リスクが高くなっています。今回はSFTS感染症についてご紹介いたします。
目次
SFTSとは?
重症熱性血小板減少症候群(SFTS、Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome)はウイルスを持っているマダニに刺されることで感染します。患者の排泄物を介してヒトからヒトへの感染も報告されています。ネコ科動物にも感受性が高いため、SFTSを保有しているネコからヒトに感染することもあるため注意が必要です。
また、2017年には徳島県でイヌからヒトへの感染も確認されています。
SFTSは野外のマダニからネコ、ネコからヒト、そしてヒトからヒトへの感染が認められ、それぞれ致死率も高いという点で特異的かつ急速に広がっており、今後、動物病院でも特に注意が必要な人獣共通感染症です。
発症している動物の血液などの体液に直接触れることで感染する可能性があります。ネコに噛まれて感染したヒトの症例が報告されています。今後は事故などの危険を下げるだけでなく、ヒトの健康を守るためにもネコは完全屋内飼育を推奨することが重要になるでしょう。
病原体は?
ブニヤウイルス科フレボウイルス属重症熱性血小板減少症候群ウイルスです。
シカやイノシシ、アライグマなど多くの野生動物でSFTS抗体陽性が得られており、マダニを介して野生動物に拡がり、野生動物の移動先で新たに吸血したマダニがSFTSウイルスを保有する形式で伝播していると考えられます。
SFTSの臨床徴候は?
ネコにおける致死率は60%程度、イヌでは40%程度とされヒトの致死率よりも高く、ネコ科動物で感受性が高い感染症です。
ネコでは黄疸、血球、血小板減少血小板減少、元気消失
※人間の場合は嘔吐、腹痛、下痢などの消化器症状の他筋肉痛、リンパ節の腫脹など。血液検査では血小板減少、白血球減少、AST、ALT、LDHの上昇などです。人間の致死率は10~30%とされます。5歳の報告もありますが、50歳代以降の高齢者に多く、高齢になる程死亡率が高い傾向にあります。
特に、SFTSウイルスに罹患し、全身状態が悪化した猫や犬を診療する機会の多い獣医師にとっても感染リスクが高い感染症となっています。2018年から2022年までに九州〜中国四国地方の、動物の診療や看護などを通じて感染したと思われる獣医療従事者10名においてSFTSの届出が報告されています。
診断
発熱や食欲不振など臨床徴候や白血球減少や血小板減少などの所見からSFTSウイルス感染を疑う場合は、SFTSウイルス遺伝子検査を実施して確定診断します。回復期には抗体検査を実施します。
(※2023/06/16時点で、国立感染症研究所にて問い合わせ対応しているため、疑う症例がいる場合はお問合せください https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/sfts_qa.html)
治療
予防するためのワクチンは動物用も、ヒト用も現時点では存在しません。特異的な抗ウイルス薬は存在せず、対症療法を実施します。
いつまでウイルス排出する?
イヌにおいては発症後2ヶ月までPCR陽性、3週間まで感染性ウイルスの排出が認められており、獣医療関係者や飼い主へのリスクとなり得ます。
消毒・防疫はどうすればいい?
SFTS感染症の疑いがある症例ネコを診療する際は個人用防護具(personal proactive equipment, PPE)を身につけます。
SFTSウイルスは、ブニヤウイルス科なので、エンベロープを有しています。エンベロープは脂質二重膜であるため、エタノールで破壊されます。
消毒剤はエタノールの他、下記のものが有効です。
上記の消毒剤などを用い、診察台や体液の付着した場所、キャリーやキャリーを置いていた場所、飼い主が接触した部分(診察室の扉、座っていた椅子、トイレを使用したらトイレも)、診療担当スタッフの接触した部位を消毒します。体液や排泄物は次亜塩素酸ナトリウムを含む消毒剤のほか、オートクレーブなどの加熱滅菌処理を実施します。
PPEとしてはグローブ、アイガード、マスク(N95)、ガウン(なければ長袖)、ネコの保定のためのカラー・ネットを準備します。
また、感染動物は唾液中に大量のウイルスを排出するためパルスオキシメータを介した院内感染リスクも考えられます。プローブ内部の消毒は難しく、課題となっています。
※実際の診察の流れ、並びにPPEの詳細は東京都獣医師会作成の『SFTS疑いネコ診療簡易マニュアル』の”SFTS疑いネコ診療フロー”を参照ください。
マニュアルを詳しく見る
マダニ駆除薬について
マダニは動物に付着後血液を吸いやすいようにセメント物質を出したり、抗凝固物質を分泌して吸血の準備をしてから吸血します。そのため、病原体がすぐに動物に伝播する訳ではなく、一定のタイムラグが存在します。例えば、ライム病ボレリアはマダニの腸管に存在し、吸血開始後48時間以上経過しないと動物に伝播する経路である唾液腺に移行しません。この特徴をもとに、48時間以内にマダニを駆除できる駆除薬が用いられています。
しかし、SFTSウイルス感染猫ではマダニ駆除薬を用いられた猫が感染している例も散見され、適切に用いられていたかどうかなどは考慮する必要がありますが、マダニが吸血開始する前の刺咬している段階であっても、感染の可能性があり取り扱いに注意を要します。
留意すべきこと
SFTSのヒト患者は1年を通して見られますが、4月から8月にかけて多く見られます。これはダニの活動時期と重なっています。ネコやイヌでも1年を通じて発生が見られるものの、2月から4月の発生が多く報告されています。こちらの理由については、まだ研究途上ですが、本記事著者の私見としてノミ・マダニ駆除薬の通年の投与をされていない個体と接触したことも理由のひとつと推察しています。
SFTS保有マダニと接触させないためにもノミ・マダニの駆除薬の定期的な投与を推奨するほか、ネコは完全室内飼いが望ましく、イヌにおいては散歩後にブラッシングしてから室内に入れるなど、飼い主に対する啓蒙を行うことも重要です。ノミ・マダニ駆除薬の投与時期については、SFTS発生地域では通年の投与が必要かもしれません。
SFTS症例の届出地域(n=573,2020年12月30日現在)
「SFTSの患者数」 (厚生労働省)
(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000750412.pdf)を加工して作成
SFTS症例の推定感染地域(n=573,2020年12月30日現在)
「SFTSの患者数」 (厚生労働省)
(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000750412.pdf)を加工して作成
ノミ・マダニ駆除薬を投与されていない外猫での発生が多く報告されていますが、投与されているネコでも感染することがあるため、完全な防御とはなりません。マダニは動物に付着した後刺咬し、その後、セメント様物質を分泌して口器が抜けないようにしてから、吸血開始するといういくつかのステップを経て吸血します。マダニ媒介感染症では、刺咬の段階ではなく、吸血を開始してから感染する微生物もいますが、SFTSウイルスに関してどの段階から感染可能になるのかなども現在研究が進められています。
※マダニは一旦吸血開始すると取り除くのが難しくなりますが、動物に付着した後すぐには刺咬せず、しばらく体表を移動するため、散歩直後のブラッシングで落ちる可能性があります。
参考
・厚生労働省, 重症熱性血小板症候群(SFTS) に関するQandA,https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/sfts_qa.html, 2023/06/16参照
・厚生労働省, 重症熱性血小板症候群(SFTS)について, https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000169522.html, 2023/06/09参照
・東京都獣医師会, SFTS疑いネコ診療簡易マニュアル,https://www.tvma.or.jp/public/items/2021.3.25%28SFTS%29.pdf, 2023/06/09参照
・SHIMODA, Hiroshi; KUWATA, Ryusei; MAEDA, Ken. 獣医学の立場から見た重症熱性血小板減少症候群 (SFTS) ウイルス. モダンメディア, 2016, 62.2: 23-30.
・高野愛. マダニの生態とマダニ媒介性感染症. 2015.
・ 岡林環樹, マダニ媒介感染症の最新の状況 SFTS への取組について,厚生労働省令和4年度動物由来感染症対策技術研修会,https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001007378.pdf
・松鵜 彩, ダニ・蚊媒介感染症の最新の状況についてSFTSの最新の状況について, ,厚生労働省令和3年度動物由来感染症対策技術研修会, https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000849281.pdf
監修者プロフィール
獣医師
福地可奈
2014年酪農学園大学獣医学部卒業したのち、東京都の動物病院にて4年間勤務し犬や猫を中心とした診療業務に従事しました。現在大学院に在学しつつ、獣医師や一般の飼い主様に向けた動物の中毒情報を発信するなど臨床とは異なったアプローチで獣医療に貢献することを目標に活動しています。
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