国が掲げる「2050年カーボンニュートラル」や「2030年度温室効果ガス46%削減の実現」に向け、地球温暖化対策等の削減目標が2021年10月に強化されました。
それに伴い、日本のエネルギー消費の約3割(※)を占める建築分野での取り組みが不可欠となり、建築物のエネルギー消費性能の向上を目的とした「建築物省エネ法」が、2022年6月17日に改正され、順次施行されています。
本記事では、2024年4月に施行された法改正から、2030年施行予定の法改正まで、建築物省エネ法の主な9つの改正点と、それによって生じる課題を解説します。改正点は「非住宅と住宅共通」「非住宅関連」「住宅関連」の3つに分けて紹介しますので、対応する分野ごとにご確認ください。
※出典元:令和4年度改正建築物省エネ法の概要|国土交通省
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建築物省エネ法の改正点
ここでは、建築物省エネ法の直近の主な改正点を、「非住宅・住宅 共通」「非住宅関連」「住宅関連」の3つに分けて紹介します。
対象 |
改正時期 |
改正内容 |
非住宅・住宅 共通 |
2024年4月 |
・省エネ性能表示制度の義務化 ・再エネ利用促進区域制度 |
2025年4月までに施行予定 |
・建築主の性能向上努力義務 ・建築士の説明努力義務 |
|
2025年4月施行予定 |
・省エネ基準適合義務の対象拡大 |
|
非住宅関連 |
2024年4月 |
・大規模非住宅省エネ基準引上げ |
住宅関連 |
2023年4月 |
・住宅トップランナー制度の拡充 |
2025年4月施行予定 |
・建築確認手続きの見直し(4号特例の廃止) |
|
2030年施行予定 |
・ZEH基準の標準化 |
それぞれの改正内容を詳しく見ていきましょう。
【非住宅・住宅 共通】
非住宅と住宅の両方に関わる改正点は主に以下の5つです。
- 2024年4月施行|省エネ性能表示制度の義務化
- 2024年4月施行|再エネ利用促進区域制度
- 2025年4月までに施行予定|建築主の性能向上努力義務
- 2025年4月までに施行予定|建築士の説明努力義務
- 2025年4月施行予定|省エネ基準適合義務の対象拡大
2024年4月施行|省エネ性能表示制度の義務化
引用:令和4年度改正建築物省エネ法の概要 - 住宅|国土交通省
省エネ性能表示制度は、販売・賃貸事業者に対し、広告等を出す際に建築物の省エネ性能を表示することを求めるルールです。改正前は努力義務でしたが、改正後は義務となりました。
改正前 |
改正後 |
努力義務 |
義務 |
このルールがあることで、消費者や事業者は物件を購入・借りる際に、その表示を見て省エネ性能を把握・比較することができます。それにより、省エネへの関心を高め、省エネ性能の高い建築物が選ばれやすくなることを目的としています。
また義務化に伴い、従わない事業者に対する措置も以下のとおり定められました。
- 表示すべき事項を定め、告示する
- 定めた事項に従わない事業者に対して勧告できる
- 勧告に従わなかった事業者に対して、その旨を公表できる
- 勧告に従わず、建築物の省エネ性能の向上を著しく害すると認めた場合、審議会の意見を聞いたのち、勧告に係る措置の命令ができる
- 社会的な影響の大きさ等の場合に、必要な措置を講じて適正化を図る
2024年4月施行|再エネ利用促進区域制度
再エネ利用促進区域制度は、再生可能エネルギー設備の設置促進の必要性が認められた区域を対象とし、市町村が促進計画を作成できる制度です。再生可能エネルギー設備の設置を促進するために2024年4月に創設されました。
計画区域内に建築物を建てる場合、以下の措置が求められるようになりました。
計画区域内の適用される措置 |
詳細 |
建築士に対する説明義務 |
建築士は、建築主に対して設置が可能な再エネ設備を書面で説明しなければならない(条例で定められた建築物が対象) |
市町村の努力義務 |
市町村は、建築主に対して再エネ設備に関する情報提供や助言などの支援をしなければならない |
建築主の努力義務 |
区域内に住宅を建てる建築主は、再エネ設備の設置をする努力をしなければならない(努力義務) |
形態規制の合理化 |
促進計画における特例に適合する場合、特定行政庁の特例許可の対象となる。 <特例許可の対象となる規定> 容積率、建蔽率、 高さ(第一種低層住居専用地域等内における建築物、高度地区内における建築物)
|
2025年4月までに施行予定|建築主の性能向上努力義務
引用:令和4年度改正建築物省エネ法の概要 - 住宅|国土交通省
建築主の性能向上努力義務建築主に対し、建築物のエネルギー消費性能の向上を図るよう努めることを義務付けるものです。これまでは大・中規模の非住宅が対象でしたが、法改正により全ての建築物が対象となりました。
これにより、すべての建築物がエネルギー消費性能に対して一層の向上を図るよう努める必要があります。
2025年4月までに施行予定|建築士の説明努力義務
引用:令和4年度改正建築物省エネ法の概要 - 住宅|国土交通省
建築士の説明努力義務は、エネルギー消費性能の向上において、専門家である建築士が、建築主をサポートするよう努力することを義務付けるものです。すべての消費者が省エネ性能に関する専門的知識を持っているわけではないという現状を鑑み、設けられました。
この制度も、これまでは大・中規模の非住宅が対象でしたが、法改正により全ての建築物が対象となりました。
参考:改正建築物省エネ法について|国土交通省 住宅局
2025年4月施行予定|省エネ基準適合義務の対象拡大
引用:省エネ基準適合義務化|国土交通省
省エネ基準適合義務は、建築物が満たすべき省エネ性能の基準を定めたものです。この基準は、以下のように「一次エネルギー消費量基準」と「外皮基準」の2つで構成されています。
- 一次エネルギー消費量基準
「設備のエネルギー消費量の合計」-「太陽光発電設備等による創エネ量」の数値が基準値以下となること(設備とは、空調設備・換気設備・照明設備など)
- 外皮基準
外壁や窓、床等の表面積あたりの熱損失量が基準値以下となること
改正により、原則すべての建物に省エネ基準適合が義務付けられる予定です。
なお、この義務は2025年4月(予定)以降に着手する工事に適用されます。
引用:国土交通省 住宅局「建築基準法・建築物省エネ法 改正法制度説明資料」|国土交通省
【非住宅関連】
事務所や店舗といった非住宅建築物に関する改正点もあります。ここでは、2024年4月施行された「大規模非住宅省エネ基準引上げ」についてみていきましょう。
2024年4月施行|大規模非住宅省エネ基準引上げ
地球温暖化対策の一環として、建築物の省エネ性能基準への適合義務が定められています。今回の改正では、この基準が、2,000㎡以上の大規模非住宅を対象として引き上げられました。
これまで大規模非住宅は、どの用途でも基準値が1.0でしたが、改正によって用途ごとに基準が設けられました。具体的な基準値の変更は以下の通りです。
改正前 (一次エネルギー消費量基準) |
改正後 (一次エネルギー消費量基準) |
全用途(1.0) | 工場等(0.75) 事務所等・学校等・ホテル等・百貨店等(0.8) 病院等・飲食店等・集会所等(0.85) |
【住宅関連】
居住空間に関する改正点としては、以下の3点があります。
- 2023年4月施行|住宅トップランナー制度の拡充
- 2025年4月施行予定|建築確認手続きの見直し(4号特例の廃止)
- 22030年施行予定|ZEH基準の標準化
これらの改正は、住宅のエネルギー効率を高め、快適な生活環境を維持しながら省エネを実現することを目指しています。それぞれの具体的な内容を見ていきましょう。
2023年4月施行|住宅トップランナー制度の拡充
住宅トップランナー制度は、住宅を建築する大手住宅事業者に対し、国が定める省エネルギー向上のための基準(住宅トップランナー基準)を満たすことを努力義務として課す制度です。
今回の改正によって、1年間に1,000戸以上を供給する分譲マンションの住宅事業者も新たな対象として追加されました。改正前後の対象事業者は以下の通りです。
改正前 (対象の住宅事業者:1年間の供給戸数) |
改正後 (対象の住宅事業者:1年間の供給戸数) |
建売戸建住宅(150戸以上) 注文戸建住宅(300戸以上) 賃貸アパート(1,000戸以上) |
建売戸建住宅(150戸以上) 注文戸建住宅(300戸以上) 賃貸アパート(1,000戸以上) 分譲マンション(1,000戸以上) |
基準については、国が特定の目標年度を定め、その年度までに達成すべき省エネルギー基準(トップランナー基準)を設定します。目標年度において基準を十分に達成できていないと判断された場合は、勧告、事業者名の公表、命令(罰則)といった段階的な措置が取られます。
2025年4月施行予定|建築確認手続きの見直し(4号特例の廃止)
省エネ基準の適合義務化に併せて、いわゆる4号特例が廃止されることになりました。
これまで4号特例の対象であった木造2階建て住宅と木造平屋建ては、新たに創設された新2号と新3号に振り分けられます。これまで審査の省略が可能であった木造2階建てと木造平屋建て(延べ面積200㎡超)の建築物は新2号建築物となり、建築確認・検査が必要になります。
ただし、延べ床面積200㎡以下の木造平屋建ては新3号建築物とされ、引き続き審査を省略できます。
引用:4号特例が変わります|国土交通省
また、新2号建築物は「構造関係規定等の図書」と「省エネ関連の図書」の図書の提出が新たに求められるようになります。
引用:4号特例が変わります|国土交通省
2030年施行予定|ZEH基準の標準化
引用:家選びの基準変わります|国土交通省
ZEH基準の標準化の改正は、2030年(予定)以降、ZEH水準の省エネ住宅を新築住宅の基準とするものです。ZEH基準を満たすためには、以下の条件をすべて満たす必要があります。
- 地域区分の外皮基準を満たしたうえで、UA値を0.4~0.6以下とすること
- 省エネ効果の高い設備の導入により、一次エネルギー消費量を20%以上削減すること(再生可能エネルギー等を除く設備の導入)
- 再生可能エネルギーを導入(容量の指定はなし)
- [2]と[3]を足した一次エネルギー消費量が、基準となる数値から100%以上削減すること
建築物省エネ法の改正によって生じる課題
建築物省エネ法の改正により、建築業界には以下のような課題が生じると予想されます。
【共通の課題】
- 省エネ性能の表示が必要となる
- 建築士の説明努力義務が開始する
- 省エネ計算がすべての建物で必要となる
【非住宅関連の課題】
- 用途ごとに省エネ基準を満たす必要がある
【住宅関連の課題】
- 4号特例の廃止によって建築確認・検査が必要になり、構造設計や資料作成の対応が求められる
- 2030年(予定)には現在のZEH水準の住宅が新築住宅の基準となり、一次エネルギー消費量の基準が上がる
これらの課題により、設計士の負担増加や、施工の遅れが懸念されます。
特に非住宅建築物については、構造、用途、在室人数、在室する人の活動レベルといった複数の要素を考慮した設計・省エネ計算・機器選定が必要です。住宅よりも難易度が高く、設計士さんへの負担は増えることでしょう。
これらの課題に対応するためには、設計士さんがコア業務である設計に注力できるよう、手間のかかるノンコア業務を各分野の専門家へのサポートを依頼することをおすすめします。また、人手不足に備えるためにも、設備設計の対応先と連携しておくと安心でしょう。
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まとめ
建築物省エネ法の改正は、2024年から2030年にかけて段階的に施行される予定です。内容は省エネ性能表示の義務化、再エネ利用促進区域制度の創設、省エネ基準適合義務の対象拡大など、多岐にわたり、これらは建築業界に大きな変化をもたらすでしょう。
法改正により、建築物全体のエネルギー効率向上が期待される一方で、設計士や施工者の負担増加も予想されます。専門家のサポートを活用し、適切に対応することで、より高品質で環境に配慮した建築物を設計していきましょう。
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